« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »

2007年7月の記事

感覚の違い

昔の人と現代の人とでは味覚が随分違うであろうという話を聞きました。昔の人は100%国産無農薬の作物を常に食べていたわけですが、今は化学調味料や、清涼飲料水に含まれる保存料などを口にする機会が多いことも理由の一つです。また、おいしいものは手の届くところに溢れています。例えば、昔の人が米を食べたときと、僕が米を食べたときとでは、感動という点でまったく度合いが違うんだろうなと思います。僕の場合でも、空腹のときに食べるご飯と、なんとなく食べるごはんとでは全然味が違いますが、生きるか死ぬかという問題とは程遠い部分での差ですから、昔の食事とは全く性質の違うものでしょう。

それに、昔は食事が快楽の大きな部分を占めていたであろうけれど、今は他にも楽しいことがたくさんあって、一食に注ぐ喜びには大きな差があると思います。感覚器官の味の感じ方、そして感動という両方の意味を踏まえたものとして、今と昔の味覚は随分と違うでしょう。

何を感じ取るにしてもそうで、例えば僕は今日お茶席でお点前する方の姿をきれいだと感じました。部屋全体から茶道具とその前でお点前している和装の人とだけを切り取って眺めてみました。その風景は昔の茶室に見られたものとそう変わりはないはずでしたが、受け止める僕の感性が昔の人とは随分違います。日常で見る景色がまるで違います。西洋のものが当たり前のように溢れている中で、日本の伝統文化としての美をその限られたひとときに持った「きれいだ」という感覚と、独自の風土と文化でのみ周まれた環境の中で、さらにそれら純正の文化を凝縮し、抽出して練り上げた世界を一室に作り上げ、その範囲での行き来でのみ生活している中で感じるものとでは、全く違うものと言っていいでしょう。

同じ風景を見ても、同じものを食べても、同じ歌を聴いても、その時代ごとに、その人ごとに、感じ方には大きな差がありそうだなと思うのです。感覚においてさえそうであるならば、究極に普遍的なものというのは、どういう形で存在するのでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

中国大返し

明石海峡大橋が開通して山陽道をあまり使わなくなりましたが、時々気が向けば走ることがあります。山陽道を岡山から神戸まで、高速道路を使って約2時間です。最近も山陽道を走ってみて、香川-神戸間を岡山経由の山陽道で走るか高松道を走って淡路島を経由するかだと、30分ほど山陽道の方が長く時間がかかるな、などと計算したりします。

山陽道の神戸-岡山といえば、秀吉が本能寺の変の知らせを受けて明智光秀を打つべく、中国大返しの際にとったルートです。秀吉は備中高松城から6日ほどで尼崎付近に到着しています。これは当時では信じられないほどの行軍速度です。通常の半分ほどの日数ではないでしょうか。

全軍騎馬武者ではありませんから、当時は徒歩あるいは駆け足での速度が基準です。秀吉自身は備前西片上という港から赤穂まで船で移動したそうですが、配下の全軍には陸路をとらせました。

誰もがびっくりするような速さで駆けに駆けさせて尼崎まで6日。通常で12日くらいでしょうか。そのことと比べると山陽道と高松道の30分の差というものが、どうでもいいくらいのものに思えてきます。昔太閤さんが急ぎに急いで6日かかったのを、2時間ですいすい走っていてそれでも30分損した、なんて文句を言うんですから、我ながら時間に対してみみっちいなあと思ってしまいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

暑かったので扇子であおいでました。それでもとても暑いのでもっと頑張ってあおぎました。気付いたら扇子が壊れていました。やりすぎはいけませんねー。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

各地で花火大会が催されています。浴衣姿の人もよく見かけます。夏だなあという感じがします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

石鎚山の男神と伊曽乃の女神

昨日書きました西条市賀茂川沿いに、伊曽乃神社という神社があります。秋の西条まつりでは60代以上のやぐらが宮入をし、賀茂川を渡ります。この伊曽乃神社と石鎚山が関連する民話が残っています。

石鎚山に男神がいました。伊曽乃に女神がいました。伊曽乃の女神は、石鎚山の男神の勇ましい姿を一目見るなり、その神を深く思慕するようになりました。あるとき伊曽乃の女神は、石鎚山の男神に結婚を申し入れました。しかし石鎚山の男神は「まだ修養が足りないので、山の中でもっと修養を積みたい」と言って断りました。断られた女神はその場で泣き崩れました。その泣き姿をなんともいとおしいと感じ、石鎚山の男神は言いました。「それでは、もし修養が成れば結婚しよう。」

そしてまたこう言いました。「頂上に登って三つの大きな石を落とすから、そのうち真ん中の石が落ちたところに館を作って、待っていてくれ。」伊曽乃の女神は言われたとおり、真ん中の石が落ちたところに館を造り、その館で石鎚山の男神を待ち続けました。それが今の伊曽乃神社であると言われています。

一方、石鎚山の男神は、頂上で修養を続けていました。しかし、伊曽乃の女神が待ちきれなくなって、ここまで登ってきたらどうしようかと思うと、いてもたってもいられなくなりました。こうなったら天に昇って行こうかと思い、片足を大きく天に向かって上げたのでした。このために石鎚権現の姿は片足が上がっているのだということです。(参考:『伊予路の歴史と伝統 とうどうおくり』 編・合田 正良)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

若返りの水

昨日はココログメンテナンスのため更新できませんでした。

石鎚登山口のひとつ、黒河地区に伝わっていた里歌があります。

「お山の水は恋の水 飲まばやの」

というものです(『伊予民俗ノート』野口光敏、『四国の民間信仰』金沢治他)。これは「石鎚山の水は若返りの水であるから、さあ飲もうではないか」というような意味合いがあるのではないかと解釈できるそうです。

「恋の水」という言葉の元は、「変若水(をちみず)」という言葉であると考えることができます。万葉集巻十三の三二四五番歌に見られる「変若水(をちみず)」が、「恋の水」と誤って筆写されたことの名残だと考えられます。

この「をちみず」の「をつ」とは「若返る」という意味で、「恋の水」にもそれをあてはめて「お山の水は恋の水(=をちみず=若返りの水)」という意味が含まれるようになっているのではないかということです。

『伊予の民俗ノート』には次のようにあります。

“時を定めて海岸に、常世の国から打ち寄せる常世浪。人々は常世浪のよせる日海岸でみそぎをした。その常世浪は、地下をもぐって、山にのぼり、山の霊水となるとも考えられた。常世の水は、老いることを知らぬ国にできる水であるから、これで水浴みをすると若やぐのである。若さが返ってくるわけで、このことを「をつ=おつ」といった”

石鎚山のお膝元、西条市は、水の都として知られています。夏の全国的な渇水時にも街中に地下水が湧き出、他地区から汲みに訪れるほどです。その西条市を流れる賀茂川は、17年の台風による流域での土砂崩れで以降、水の流れがほとんど見られなくなっています。地下水は未だ豊富なようですが、川面は干上がったように乾いています。「老いることを知らぬ国」の水が、また川面にたたえられる日が待ち望まれます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

記録

以前とある高名な歌手のライブを見る機会がありました。感情のこもったライブで、五感が釘付けになりました。屋外だったので写真撮影などは禁止ではなかったのですが、カメラに収めようという気持ちは起こりませんでした。その景色を写真し、のちのちまで取っておいたところでどれほどの意味があったでしょう。もし写真を見直したとしても、そのとき見聞きした感動を、どの程度まで思い起こすことができたでしょう。

今はいろんなメディアを使ってどんなことも保存しておくことができます。保存しておいて、いつでも好きなときに思い出すことができます。しかし、そういった記録にもたれかかりすぎるのも、もったいない気がします。記録には残しきれない、その時々の現在にしか味わえない感動があります。桜の花も散るからこそ儚さがこみ上げ、その現在ごとの美しさを記憶に留めようとします。留めようとするけれども留め切れない。留めきれないけれども留めたい。だからこそ儚く美しいので、桜がいくら綺麗だからといって満開の写真を毎日飾っていたり毎日ビデオを見たりしたってなんの感動もありません。

どんなものにも言えることで、いついかなるときも現在は現在にしか存在しえません。今日した会話、今日取った行動、人との触れ合い、見た景色、どんなに記録しようとも、同じ感動には2度と出会えません。あらゆる現在は過ぎ去って行き、だからこそ儚く美しいのです。その日その時を、いつも大事にしていきたいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

世界観

与作は木を切る ヘイヘイホー ヘイヘイホー

僕と同年代では、名曲「与作」はこの代表的なフレーズのみ知ってるという人が殆どではないかと思います。このフレーズは良く知っていて強く頭に残っているけども、ここから先は知っていそうで知りません。歌えそうで歌えません。

しかしこの部分しか知らなくても、曲の雰囲気は掴むことができます。このごくごく短いワンフレーズだけで、木こりが孤独に木を切っている姿が浮かび上がってきます。深い森林、屈強な山の男、静まり返った空気に無限に響く斧の音。どんどんと世界観が広がっていきます。それだけこのフレーズには人の心を捉えて引き込む力があって、だからこそ名曲として伝えられているのでしょう。

リンゴの花びらが 風に散ったよな

これも同じく名曲ですが、同年代に尋ねるとそこから先は知らないと言います。僕もこのフレーズはよく知っていますが、ここから先は歌えません。が、このフレーズのみでも歌の持つ世界にどんどん引き込まれていきます。その先の歌詞やメロディーは知らなくても、ひとつの世界観が立派に成立しています。心に残る名曲は、強烈な言葉ではなくとも、人の心を引き込む力や深みを持っているものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

一汁一菜

禅寺の住職さんにお茶のお稽古を受けています。先生のお話では、本山の老師たちの食事は、一汁一菜という非常に質素なものだけれども、皆高齢であっても若者以上に心身に張りがあるということでした。近頃は食育だとかカロリー計算だとか言われるように、科学的な根拠に基づいて食を管理しようとする風潮にありますが、老師の話を聞くと、全てがその限りではないのではないかと思わずにいられません。

座禅にはまず基本的な呼吸法があります。胆田と呼ばれる、お腹の中心に意識を集中させる腹式呼吸です。禅僧はこれを日々長い時間行い、日常生活にも取り入れています。この呼吸法は一定のリズムで行われるため、脳内のセロトニンの活動が促進されると考える科学者もいらっしゃいます。セロトニンはウツや神経症にも影響があるとされ、これが活発に働くことで気力が湧くということです。禅の呼吸法には日々の生活に関する気力を生む効果があると考えられています。

それに加えて禅僧の生活は規則正しいものであるそうです。夜は早く寝る、朝は明け方に起きる、自然の流れに伴った日常を送ります。これを長年続けることも、自然に逆らわない体のリズムを作り上げていくことにつながるでしょう。

そしてここからは想像することも難しいのですが、悟りのための厳しい修行も体に大きく作用するところでしょう。日々の精神、肉体のあり方を研ぎ澄ますことで、自然に逆らわない日々の営みを為せるのでしょう。そういう状態にある精神と肉体にとって、一汁一菜であっても健康長寿に繋げることができるということだと思います。カロリーや栄養バランスなど、外から入ってくるものを管理することも大切ですが、自分の内面を管理して、外からのものをどう受け止めるかということも大切なことだと思いました。

※明日午前10:30~11:00 護摩焚きを行います お気軽にご参加下さい        毎週日曜日 護摩堂にて

| | コメント (0) | トラックバック (0)

徳野秀 油絵展

高松三越で7月17日~23日まで開催中の「四国・瀬戸内の灯台を描く 徳野秀 油絵展」にお邪魔してきました。徳野さんは大阪府熊取町の方で、僕はその隣の泉佐野市で生まれ育ったため、あるご縁があってお邪魔することになりました。

会場には、灯台のある風景をメインテーマに四国の岬を描いた作品の数々が展示されていました。地元のラジオやテレビにも取り上げられたということです。徳野さんにいろいろとお話を聞かせていただいたのですが、初対面にもかかわらず大変気さくに接して下さいました。僕は絵画の見方も知識もありませんがと言うと、細かいことは考えなくていい、コレが好きとかコレは嫌いとかいう感覚で見ればいいとおっしゃって下さいました。ということで、細かく感想を書くことはできませんが、楽しく観賞させていただきました。空の優しい色が特に印象的でした。

いろんなお話を聞かせていただいて感じたことは、何らかの分野において達観された方、大きな功績を残された方というのは、往々にして世間の感覚からズレたものを持っているものだなということです。徳野さんにしてもそうですし、今日のお話の中で出てきた方たちもそうでしょう。常識外れな感覚が、大きな力に育って、あるいは大いに人に役に立つ功績を残すことができるのでしょう。常識は決して世の中の全てではなく、真理とも常にイコールではないと思います。常識的な観点からみた意外性が、時により真理に近いこともしばしばあるように思います。勇気を持って常識から外れることは悪いことではないと思います。しかし他人に迷惑をかけてはいけません。これはどんなときもいっしょです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今週末はプロ野球オールスターゲームですが、今日は若手二軍選手たちのフレッシュオールスターが行われています。人気が低迷している日本のプロ野球を若い力で盛り上げてほしいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

京阪神

昨日は京都、今日は神戸と、京阪神をひとまわりしてきました。さっき香川に帰ってきました。車での移動が多かったのですが、いやあどこもかしこも人と車で溢れていましたね。祇園祭りがあったのですが、時間が合わず山鉾や神輿を見ることができず残念でした。見たことがないので、またいつか予定を組んで見学したいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゆうべはすごい大雨でした。今朝は今年初めて蝉の声を聞きました。夏が始まるんですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大阪にいます。久しぶりに本場のお好み焼き屋に行きましたが、お好み焼きは食べず焼きソバやもんじゃ焼きを食べました。季節を問わずお好み焼き屋にはよく行きます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

台風は雨風ともにあまり影響は受けませんでした。朝には久しぶりに青空が覗いていました。たまたま瀬戸内沿岸は逸れましたが、被害に遭われた地域の方々にはお見舞い申し上げます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

護摩焚きは毎週日曜になります

石鎚神宮護摩堂にて毎月15日に行っていた護摩焚きを、毎週日曜日に行いたいと思います。明日からはじめます。時間も午前10時30分より11時頃までと変更いたします。尚、都合により行えない週も出てくるかと思いますので、このブログでもお知らせしていきます。明日15日、その次の22日は予定通り行いますが、29日はお休みとさせていただきます。どうぞお気軽にご参加下さい。

護摩焚きといえば主に密教系仏教の行事として知られていますが、石鎚山は神仏混淆の山として長年信仰されており、その流れを汲む石鎚神宮にも密教の影響を強く受けた修験道の行事が伝わっています。護摩焚きもそのうちのひとつで、月並祭や大祭でも神事と併せて行われてきました。祈願を込めた護摩木を組み上げ火を点じ、経を読み上げます。身体健康、家内安全、商売繁盛など諸願成就を願うものです。

そういった祈願という一面を最も大切にし、願いを込めた護摩の炎から力をいただき、心を清めるということが大きな目的です。しかしそれだけでなく、毎週集うことで地域のコミュニティとしての役割を少しずつでも担えるように発展させていければなと考えています。核家族化、少子高齢化、過疎化によるコミュニケーションの不足に少しでも対応することができるようにしていければいいなと思います。

独り暮らしのお年寄りにとっての、話し相手に会える場所であるかもしれません。子育て中のお母さん達の、情報交換の場になってもいいでしょう。家族でお参りに、という形でも結構です。何かと人間関係が希薄になりにがちな中で、人と人とが打ち溶け合えるきっかけになれればいいなと思っています。そうなっていけるよう心がけながら、これから毎週続けていきたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

コンクリート水路

連日の雨に加え、台風と発達した梅雨前線の影響で、九州地方などでは土砂崩れなどの災害が何件も発生しています。そういったことを受けて、昨日ニュースの解説の中で「日本が長年取ってきた『コンクリート岸壁主義』とも呼べる体質を見直すべき時期ではないか」という言葉がありました。

水は自然界を循環しています。その流れを人工物で人為的に操作しようという行為にはどうしても無理があって、どこかにしわ寄せが来ることになります。土中に浸透仕切れなかった水が、上流から水勢を緩めることなく、また水量を増加しながら下流に向けて鉄砲水となって流れ出ます。水流を操作しようとコンクリートで固めることが、却って水流を荒げてしまっているという見方もできます。また水流を管理するつもりが、実は水流を乱しているということもあり得るのではないかと思います。

そもそも「水害」と言葉があるにしても、それは人間にとっての「害」であって、自然は自然の力学のままに働こうとしているにすぎないわけで、その働きに対して人間の作り上げた完璧なるコンクリート壁をして衝突させるわけですから、自然のエネルギーを和らげるよりは、むしろ衝突によりエネルギーが増幅されるのではないかと思えます。自然にぶつかるのではく、自然と共生し調和するような手法を考える必要性を感じます。

少し過激な発言になるかもしれませんが、ある程度の被害というのは仕方ないのではないかとさえ思います。スミからスミまで完璧に、常に被害を0に防ごうという発想が自然に対する驕りなのであって、時に自然のままに、しかし時には人の都合につきあってもらいながら、互いにもたれ合うことができる位置を探し出すべきなのではないでしょうか。何もかも人間側の都合で世の中が上手く回るとはとても思えません。

水の勢いや量の問題だけでなく、コンクリートの川は生物が住みにくい場所です。コンクリートで固められることで、かつて小魚などがたくさん住んでいた小川から生物が次第に姿を消していきました。そしてその小魚やタニシなどをエサにしていた鳥類などの姿も見られなくなります。大規模な氾濫の頻発は防ぐことはできても、魚はいない、鳥も来ない、地下水は溜まらない、雨が続けば鉄砲水が起こる、はたして本当にコントロールできていることになるのでしょうか。川と呼んでいいものなのでしょうか。もう一歩踏み込んで考えなければならないことだと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

石鎚山お山開き

石鎚山お山開きに伴い更新をお休みしておりましたが、今日から再開します。

さて、今年の夏山開きですが、残念ながらほとんどの日が雨と重なりました。お山開きと梅雨がちょうど重なった形で、1日から10日までのうち太陽を見たのは2日ほどでした。準備のため6月末から奥之院に泊り込んでいたのですが、そのときは日本列島が渇水という状況で、石鎚山の黒瀬ダムも随分水位が低かったのですが、お山開きが進むにつれて水位もどんどんと上昇し、下山する頃には通常の水量に戻っていました。

雨が続いたためにお山参りを断念された方もたくさんいらっしゃるかと思います。人通りが少なく、寂しいなと感じることも度々でしたが、お天気ばかりは仕方がありません。今年登ることができなかった方々も、また来年の夏山にお越し下さい。

そして、悪天候にもかかわらず登拝された方々、お疲れ様でした。登山道もぬかるみ、鎖場も濡れ、非常に登りにくかったのではないかとお察しします。白装束に雨具を羽織って、雨の中例年と変わらず元気良く登られる姿は、大変力強く感じられました。年々お山に登られる人が減少していると言われますが、それも時代の流れの中で波があり、今は確かに減少傾向にあるのかもしれないけれども、こうして雨の中でもいつもと変わらずに一生懸命登られる方が大勢いらっしゃる限り、夏のお山開きの賑わいは続いていくと確信できます。今は、夏のお山開きのあり方が、昭和期のものから新しい形に発展しようとする過渡期であると感じています。雨によって人出が少なかった今年の夏山でしたが、また雨によっていつも見えない夏山の姿を捉え、より深く考えることができました。また来年以降に活かしていきたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »