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2007年8月の記事

三豊干拓が冠水

今日の四国新聞の一面は、三豊干拓が海水で冠水したというニュースでした。観音寺市に広がる干拓地で、開いていた水門から海水が流入し、全ての農地を含む約80ヘクタールが冠水したというものです。収穫直前のイネやトマト、キュウリなどの野菜はほぼ全滅し、農作物だけの被害額で約6700万円だそうです。

排水用門の管理人の男性によると、今まで電動式の扉のトラブルなどは起きたことがなく、当日も間違いなく水門を閉め、操作室に鍵をかけたということです。外部からの侵入の形跡もなく、観音寺署は慎重に調べを進めています。

旧大野原町から観音寺市中部の海岸線にかけての広い干拓地で、僕はつい先日この付近の道路を愛媛方面に向けて通過したところでした。以前から観音寺-豊浜間の大きな規模での道路整備が進んでおり、数ヶ月前に干拓地付近にも道幅の広い道路が敷かれたばかりなのですが、その新しい道を通りながら海辺の方向に目をやると、道路沿いに整然と並んだ干拓地の青田が見られました。つい先日もそのようにのどかに見られた田園風景が、一夜にして冠水し全滅したとニュースを聞いて驚きました。

収穫を目前に控えていた農家の方々の無念は計り知れません。復旧作業や補償は、どういう形で行われるのでしょうか。いったい何が原因であったのか、早急につきとめていただきたいです。

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入道雲とカキ氷

テレビで気象予報士の方が「入道雲について教えてください」というような質問を受けて、「入道雲の上の方はかなり高度が高いので氷のような状態になっています。だから夏に現れる入道雲でも、暑い日に大きなカキ氷が浮かんでいると思えば涼しくなるでしょう?」という風に答えていました。

報道番組ではなく賑やかな番組だったと思いますが、そう回答した気象予報士さんは「なに真面目くさいこと言ってるの」というような反応を受けて笑いものにされていました。番組としてもそこでひと盛り上がりし、構成としてもリズム良く進行していきました。

僕はカキ氷の例えを、風情があっていいなあと思って見ていたのですが、真面目くさいと笑われているのを見て腑に落ちない気持ちでした。真面目に出した答えをすかされて、さらにそれが当たり前のことのように淡々と流れていく、ましてやそれを笑い者にしようとするという構図には納得がいきかねました。なんでもかんでも笑えば楽しいというもんではないだろうにと思います。

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大雨という予報でしたが石鎚神宮上空に雨雲がかかることはありませんでした。なかなかまとまった雨が来ず、境内の樹木に疲れが見えるのが心配です。

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祭りの踊り

今年も各地で夏祭りが行われました。夏祭りといえばまず花火を連想しますが、阿波踊りをはじめ踊りを取り入れた祭りも増えているようです。先週末に行われた丸亀婆娑羅(バサラ)まつりは2日間で13万人の人手があったそうです。お祭りによって街が賑うのはいいことですね。

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マンガ家さん

世界でも最高レベルにあるといわれる日本のマンガですが、思えば僕も物心ついたときにはTVなどでマンガを見ていました。今でもマンガを読むことはよくあります。僕が子供のころから、またはそれ以前から現在に至っても、ずっとマンガ誌に連載が続いている作品というのもいくつかありますが、何十年も変わらず人気を保ち続けているのですからすごいなと思います。「たかがマンガ」と見下すことはできません。

長期連載を続けていらっしゃるとある漫画家さんの対談番組をテレビでみたのですが、とても興味深く見させてもらいました。何十年も連載を続けていると、作者自身も年をとるし、読者も同じく年をとります。しかし連載するマンガ誌のターゲットはいつの時代も同じです。その漫画家さんの場合は少年がターゲットです。自身がいくら年を取ろうが、読者がだんだん大人になろうが、常に少年向けのマンガ誌に連載を続けるというのは、感性をコントロールするという点でたいへんなことだろうなと思いました。30歳のときも、50歳を前にしても、少年の心を毎週毎週変わらず掴み続けるのですから。誰にでもできることではないと思います。

「限界はない、と自分に言い聞かせると行き詰ることはない」とその漫画家さんはおっしゃっていました。どんなことについても、自分で自分の限界を定めることは簡単です。しかし自分で限界線を引いて、あきらめればそこでストップしてしまいます。長年にわたって、数多くの若者の心を掴み続けてきた漫画家さんの言葉には、力がありました。

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ご報告

血液検査の結果は異常なしでした。しかし強いて言うなら脱水気味なので水分補給に気をつけるようにとのことでした。暑い日が続いていた上にもともと汗かきですし、それに食事中などに飲む茶とか水とかの量が少ないことなども原因だと思います。結果を聞いてからちょっと注意するようにしています。なんにしろ血糖値や尿酸値、中性脂肪など大した異常はなくてよかったです。まあ若いですし。しかしただ血を見てもらったもらっただけで、それ以上の詳しい検査をしたわけではないので、いつかまたの機会に一度診てもらいたいです。

それと、何日か前に楽器がどうのと書きましたが、その次の日に思い立って篳篥(ひちりき)を買ってみました。雅楽などで使われる縦笛です。音色はほとんどの人が聞いたことがあると思います。笹笛のような音が出ます。雅楽では笙(しょう)、竜笛(りゅうてき)、篳篥をまとめて三管と呼び、笙は天から差し込む光、竜笛は天地の間を泳ぐ竜の声、篳篥は地にある人の声をそれぞれ表すといいうことです。

早速吹いてみるのですが、なかなか音が出ません。風船を膨らます時のように、ほっぺたを一杯に膨らませて息を吹き込むのですが、なかなか上手くいきません。しばらく試行錯誤しているうちにどうにか音が出るようになりましたが、まだまだかすれたような汚い音です。綺麗な音が出せるように頑張ってみます。もっとも、練習用のプラスチック製の安価なもので、竹製の篳篥ような透明感のある音は出ないようですが、とりあえずのところはただ音を出して楽みたいです。

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中国

中国はとても興味深い国だなと思います。近頃は反日ムードが漂っていたり、無茶な経済政策で世界経済をかき回しているとか、輸出製品の不備だとか、悪いイメージを持たざるを得ない要素もたくさん持っています。

しかし、その歴史を眺めてみると、日本と比べてほとんど異世界と言っていいような経過をたどってきています。古来から無数の王朝が濫立し、勃興しては滅亡ていきました。統一王朝が出ても常に四方の異民族の動きに気を配らなければなりません。蒙古、女真、など漢人以外の統一王朝もたびたび出、文化や風俗が激しく混じり合いました。

中国大陸は常に燃えるようなエネルギーが溢れかえっているように思えます。近代の欧米列強による租界時代も含めてです。日本のように、水底を静かに漂っているような国土ではなく、激しい動きを止めればいつ誰にやられるかわからない、といった力をいつも焚き続けています。しかし、かと思えばしっかりとした文化や思想も残されていて、日本も多大な影響を受けています。その中には漢詩や青磁や楽器など、日本によくなじんだ「静」の文化もあります。

世界史の中で、ダイナミックな人、物の動きを見せ続けてきた中国は、現在の国際社会における負のニュースを意識しなければ、心をぐいぐい惹きつけられます。その分、負のニュースに接したときには、せっかくたくさん持っている世界に誇るべき文化に恥じない国であってほしいとも思ってしまいます。

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どっちが先か

芸術って何だ、という問いの答えは知りません。答えはあるのかもしれないし無いのかもしれません。僕が個人的に好きな芸術は、「人間性の後から作品がついてきてできあがったもの」です。

例えば音楽なら、こういうのを作れば流行るだろうとか売れるだろうとか、またそこまで行かなくても、こう歌えばればかっこよく聴こえるだろうといった気持ちが伝わるような作品は嫌です。それよりも、自分という人間を音楽に表したらこういう形になっていた、という風なものがいいです。魂を形にしたものです。結果流行ろうが売れようがそれは副次的なものです。前者と後者の違いはすぐつきます。つくりものか、魂か、その違いです。

生き方もそうありたいと思います。自分の信じる道をがむしゃらに歩いていたら、結果としていつしか自分という姿が浮かび上がっている、そういう生き方にしたいです。もちろん身勝手に振舞ったり、他人様に迷惑をかけることをしてはいけません。始めから「自分とはこうだ」と決めつけて、それをなぞっていくような生き方は、自分で自分の限界を始めから設けてしまっているようで、なんだか淡々としてしまいそうな気がします。

誰しもの人生、それぞれが芸術です。どういう考え方を持つかも、どう取り組んでいくかも、最後は自分次第です。精一杯表現することに努めれば、自然と素晴らしいものが作り上げられていくはずです。

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楽器

何か楽器を弾けたらカッコいいなと思うのですが、残念ながら何にもできません。ギターや沖縄の三線なんかも触ってみましたが、ほとんど身に付いていません。三線はどうにか2曲弾けますが、ギターは全くダメですね。途中で、というかかなり早い段階で投げ出してしまいます。一人で黙々と練習するのがどうも苦手なんです。単に不器用なだけかもしれませんが。

笙や篳篥など雅楽の楽器の音色にも興味があるんですが、自分で吹くとなるとなかなかとっつきにくいです。石鎚神宮では修験道の流れを大きく受けていますので、法螺貝はなら吹けるんですが。雅楽となると身の回りにできる人がいませんので、全く取っ掛かりがありません。

でもちょっとやってみようかな。生演奏もろくろく聴いたことがないし、実際一人でとこまでできるかはわかりませんが、挑戦してみようかどうか迷っています。興味は津々なんですが、ギターなんかの挫折の前例が多々ありますからね。もうちょっといろいろ調べながら、じっくり考えてみます。

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身体のこと

近くの病院で血液検査を受けました。簡単にでも自分の体のことを知っておこうと思って行ってみました。会社や役場などでは定期的な健康診断があったりするのでしょうけど、僕は学生以来受けたことがなかったので、何年かぶりのことでした。ずっと前に「健康診断に行こうと思っている」ということをこのブログにも書いたことがありますが、あれから何ヶ月も経ってしまっています。ついつい先送りになってしまうものですね。

特に体の具合が悪いわけではありません。むしろここ何年も病気をしていませんし、いたって健康です。小さい頃は小児喘息を持っていて、よく発熱しましたし、息苦しくいやらしい咳が止まりませんでした。中学生くらいからほとんど症状が出なくなって、今では喘息については何ともありません。また年を取ったら出てくるとか、そうでもないとかいろいろ聞きますが、その時にならないとわかりませんし、その日のために今の段階で何をできるということでもなさそうなので、あんまり気にしていません。

子供のころ、喘息の咳が出ることがしょっちゅうあって、家族にもよく看病してもらいました。大人になった今振り返れば、自分でもあんなに咳こんで大変だったなと思ってしまいます。けれども当時はさほどしんどいとか辛いとかいうことはあまり思いませんでした。咳は出て当たり前だし、出たときも「いつものこと」というくらいのものでした。

子供はみんなそうでしょうが、自分の体しか知らず、自分の世界しか知らなかったために、他の健康な人はどんなだとか、喘息ってなんなのかとかは自分には関係ありませんでした。大きくなってきていろんなことを知り始めてから、自分は喘息で他の人にはない咳をするんだということが意識の内に入り、そうなると不思議と、喘息ってしんどいものなんだ、という感覚を身に付け、実際に咳が出ると「しんどいな」と思うようになりました。知るということは、比べるということとなんでしょうかね。

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石鎚を守った男

けっこう前のことですが、「石鎚を守った男」というすごいタイトルの本を見つけたので読んでみました。峰雲行男(みねくもゆきお)という人が、子供の頃から登っている石鎚山の自然を守るためにどのような活動を続けてきたかを綴ったものです。

昭和期、登山ブームも手伝って石鎚山に開発の手が次々に伸びました。峰雲さんは、マナーの悪い登山者や、無闇やたらに山を荒らして開発しようとする国や県などを相手に、時に怒鳴り込み、時に諭し、時に意見書を書いて、愛する石鎚の国有林の自然系を守ろうと奔走したのでした。突然役所に現れたり、かと思えば山道に現れたりと、神出鬼没な峰雲さんは、愛媛の役所から「住所不定、得体の知れない人物」とマークされ、社会の反動分子とさえみなされたこともありました。

当時というのは国の道路交通政策の最盛期で、さらに自然環境に対して今ほどデリケートではなく、石鎚山スカイラインなどはごっそりと山肌を削って半ば無理に敷設した結果、大雨の後などには土砂災害が絶えませんでした。そしてまた山林の形態を大きく変化させたことで、動植物の生態系にも大きな影響を与えました。

しかしその後の峰雲さんの地道な活動の末、スカイラインは改修の運びとなり、また自然の姿も徐々に元に戻りはじめています。好きな山のため、お金にならなくても一生懸命になって、その半生を山に捧げた峰雲行男さんの話です。今ある綺麗な石鎚山の姿は、そういった人たちの上に成り立っているんだと思うと、感謝せずにはいられません。

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泣き笑い

泣く、ということはとても心にいい作用をもたらすそうです。大笑いするよりおお泣きするほうが実はスッとするんですって。そうですよね、胸打たれたときの感動の涙もありますが、とても悲しいときに流す涙はその悲しみを洗い流してくれるわけです。涙になって流れていっちゃうんですね。笑うことでスカッとするのは一時的なもので、泣いた後の爽快感とはまた違う種類のものなんだそうです。

けれど大笑いしたときにも涙は流れます。その涙は悲しいときに流すものと同じ原理で流れるんですって。それも考えようによっては涙で感情の調節をしているんじゃないだろうかと思えます。大笑いするとお腹が痛くなって、苦しい、もうやめてくれ、となりますが、そこまでおもしろさが高まって、これ以上笑わされると体や頭によくないな、と感じたときに涙が流れ、頭や体が耐えられる限界を超えないように中和してくれるんじゃないでしょうか。

涙は楽しさも悲しさも、過剰な感情を中和して外に流してくれるものなんでしょうね。ただ瞳の乾燥を防ぐという意味合いだけでなく、感情に大きく関わった生理現象です。とても不思議な現象です。

涙、というひとつのキーワードを取り上げても、悲しい響き、嬉しい響き、情けない響き、美しい響きと、涙にはいろんな姿が見られます。感情の高ぶりが凝縮されて結晶化した、人間らしさそのもののように思えます。

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外食

なんだか気がつけば8月も残すところあと10日ほどです。甲子園も準々決勝ですね。夏っていつもあっという間に過ぎてしまうのですが、今年の8月は個人的に特に早かったように思います。思い返してみると、いろんな人にお会いする機会が多く、よく考えたら夕飯など家で食べるより外食した回数の方が多いくらいです。普段の僕の生活からすると半分以上とはとても高い割合です。

しかしいろんな方と食事をご一緒できるというのは嬉しいことです。食事をしながらのいろんな話の中にはいつも必ず得るものがあります。いろんな人のいろんな考え方を学ぶ、とてもいい機会です。下手な本を読んだり勉強したりするより、よっぽど身になるということも多いです。人と触れ合う時間はいついかなる時も有意義なものにしたいと思います。

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今日も暑くてたくさん汗をかきました。水をガブカブ飲んでしまいましたが、ほどほどにしておいたほうがいいですね。

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若いながら多方面でのビジネスに取り組まれている方とお話しました。非常に精力的に活動されていました。とても良い刺激を受けました。

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生き物

境内の藤棚の藤がいくつか咲きました。こんな真夏に珍しいことです。冬に咲くはずのシクラメンも小さい花がひとつ咲きました。今年種を蒔いたヒマワリは、蒔く時期が少し遅かったのかあまり咲きませんでした。咲いても花が小さくて元気がないようでした。

生き物って不思議だなあと思います。ちょっとの環境の変化も敏感に感じ取っています。ヒマワリの種蒔きも、少しくらい遅くなってもまあ問題ないだろうと思っていたし、成長が遅くてもまだまだ暑い日はしばらく続くんだから大きくなるだろうと思っていました。7月も8月も、同じ暑い夏で似たような気候だと思っていたのですが、ヒマワリにとってその違いは咲くか咲かないかの大問題だったようです。遺伝子によって、ちゃんと自分の生き方というのを知っているんですね。

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曖昧さ

人間がコンピューターに比べて優れている点、というより人間とコンピューターとの明らかな違いは、曖昧を許せるかどうか、ということであるそうです。コンピューターの計算の速さや理論の展開は現在の時点で驚くほどレベルの高いものですが、コンピューターがいくら発達しても、曖昧さを許せなければ人間との大きな隔たりをいつまでたっても埋めることはできません。

まず人間は心の中で思っていることと違うことを言うことがよくあります。例えばまだお腹が満たされていなくても、「もうお腹一杯です。ありがとうございます」などと言って、相手の勧めるのを断ることがあります。これは単なるウソではなく、相手に対しての気遣いや遠慮などといった曖昧な意味あいのものです。そして時には、そう言われながらも「まあまあ、せっかくですからもう少しだけどうぞ」という風に続けて勧めるのが良い場合もあります。しかしそこはあくまでもその場の雰囲気次第で、勧めるほうが良い場合もあれば、勧めないほうが良い場合もあります。とても曖昧なものです。理論で組み上げられたコンピューターにこういった言葉の妙が理解できるでしょうか。

また、人間同士なら「ちょっとそれ取って」と言うだけで通じるものでも、コンピューターは「それ」という曖昧なものが何のことかをどうやって判別するでしょう。「こないだ、あのー、あそこ行ったときに会ったさ、ほら、あの人がさ」というような会話も人間同士ではよく行われますが、こんな場合もコンピューターは「こないだ」というのがいつなのか、「あそこ」というのがどこなのか、「あの人」とは誰なのか、人間のように器用に思い描くことができるでしょうか。

人間の膨大な記憶は、とても曖昧な形で保存されていて、それを引き出すときもとても器用に切ったり繋げたり、連想させたりして表に出すのだそうです。これはコンピューターの原理とは全く別次元の仕組みです。人間にまつわることの全てが理論で表せるわけではなく、むしろ人間とは大いに曖昧にできたものなのです。

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古武術

武術研究家の甲野善紀さんのお話はとても興味深いです。甲野さんは、メジャーリーグで活躍中の桑田投手が巨人時代から取り入れていた古武術の先生でもあります。体術、剣術、棒術から手裏剣に至るまで、日本古来のあらゆる武術に精通しています。

その真髄というべきものは、無駄な力を使わず、かつ体の内側に秘めた大きな力を引き出すということのようです。ただ踏ん張れば素早く動けるというわけでもなく、力を込めれば重いものが動くというわけでもありません。体に無理をさせない自然な動きの流れや、力を使う際の意識を上手く操作すれば、大きな効果を得ることができます。

近頃では甲野さんの古武術が介護の現場にも取り入れられているようで、例えば寝ころんでいる大人を起こすのにも、古武術の体のこなし方を用いれば、普通よりもはるかに簡単に起こすことができます。少ない力でも、使いようによっては不思議なほど大きな効果を得ることができるのです。

「人体の研究が進んだ現代では、スポーツなどにも理論がどんどん取り入れられている。しかし、時に理論の発展によってレベルを下げてしまっていることがある。古武術の動きは、理論で考えてもわからない。理論に矛盾することすらやっている。人間の体は全て理論で説明できるものではない」というようなことを話されているのを聞きました。

なるほど、理論とは限界を設定することであるとも言えるでしょう。理論として成立させてしまえば、同時にひとつのルールの枠ができあがったことになります。人体のことだけに留まらず、あえて理論で説明しようとせずに、時に自由に、時に矛盾させながらのほうが、より有効な結果を得ることができる、そういうことってたくさんありそうです。何でも枠にはめるのではなく、物事をありのままに見極めることができればなと思います。

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ペルセウス座流星群

ゆうべはペルセウス座流星群が見られる日だったんですね。しまったなあ。夜中に起きて見てやろうと思っていたんですが、寝る前には流星のことを忘れてしまっていて、見られませんでした。残念です。流星の日はいつもこの調子で、一度も見たことがありません。次に何か来るときは絶対に見てやろう。

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冷房

暑い日が続きますね。今日は高松の最高気温は34度くらいになったそうです。外でウロウロしていると汗が止まりませんでした。

今年の夏は、自室のクーラーを使わずにがんばっています。夏は暑いもんだから仕方がないと、開き直っていると、もう八月も半分が来てしまいました。でも実は一回だけクーラーのお世話になりました。真昼に自室でパソコンを操作しないといけない用があって、はじめは団扇であおぎながら頑張っていたのですが、団扇に片手を取られていると作業の効率が悪すぎるので、スイッチを入れました。汗がキーボードに落ちますし。ここまでクーラーを使わなかった夏は恥ずかしながら初めてです。夏ももうちょっとですのでがんばります。

自室は断熱材が入っているためか、冬の寒さは和らいで非常に助かるのですが、夏は夜中の涼しい時間まで熱がこもっていて蒸し暑くなります。建材なんかも考え物だと思います。冷暖房を使用するのなら外気を絶ってくれるので効率的ですが、使わないときは風の通りが悪いだけで、冬はまだしも夏は蒸し風呂です。明日も暑いんでしょうねー。

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花火

今日は三豊市詫間町で「たくまみなとまつり」が行われました。踊りのコンテストやゲストを迎えてのライブなどで大いに盛り上がったようです。祭りの締めくくりに毎年恒例の花火が打ち上げられました。澄んだ星空に上がった大輪の花火が境内からも綺麗に見られました。

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読み書きができるかどうか

物事の感じ方が昔と今とでは随分違うんだろうな、というような話はこのごろよく書くのですが、自分達が生きているのは今なんだし、あんまり昔は昔はと振り返ってばかりいてもいけないんでしょうが、今日もやっぱり昔と今の違いについて思ったことをちょっとだけ書きます。

古い時代の物語にもよくありますし、古典落語なんかにも出てきたりするんですが、昔は識字率が今ほど高くなくて、読み書きができない人というのが大勢いたわけです。落語なんかでは、大工さんや左官屋さんなど職人さんが登場して「読み書きができる職人なんざろくなもんじゃねえ。字なんて勉強する暇があんならちったあ仕事しろい」などと言います。そういう感覚で、当たり前のように一生を過ごすことができたわけです。読み書きを一切しないで生きていくというのはどういう感覚なんでしょう。

井上靖「敦煌」は、宋期の中国大陸の話です。そこに朱王礼という軍人が登場しますが、彼もまた読み書きができません。しかし戦では負け知らずで、戦功を立ててはぐんぐん出世していきます。戦地の地図を見たり、事務的なことを一切せずに大勢の部下を引き連れるというのは、その人の統率力には相当長けた部分があるのだなと思います。

いくら読み書きができても、記号的にただ並べ立てることしかできない人もいるでしょう。人間的な魅力と、ひととおりの読み書きができるかできないかという問題は全く別であると思います。口から発する言葉にも、記号的な乾いたものと力のこもったものとで大きく性質が違うでしょう。どんなに高度な言葉をどんなにたくさん並べ立てて話しても、説得力とか感情とかが込められていなければ、ただただ乾いた事務的なものに過ぎません。

話に感情がこもっていないな、という人と話していると、記号的な言葉に頼って、ワープロで打ち出された文章をそのまま読み上げているように、無機質に聞こえることがあります。読み書きができればいいというもんではないなと思います。ナマで人と接するときは、記号的な言葉に頼るのではなく、力を込めた言葉で接したいと思います。

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夏の甲子園が始まっています。今日は香川代表の尽誠学園の試合があります。いい試合をしてもらいたいです。

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暦の上では今日は立秋で、時候の挨拶も「暑中お見舞い」から「残暑お見舞い」に変わります。けれどまだまだ夏本番という感じです。香川県もしばらくお天気が続くみたいですね。

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ちっぽけな夢

芥川龍之介「芋粥」の主人公は、「五位」と呼ばれる下級貴族です。風采もあがらず、同僚や下役にもあまり相手にされません。軽蔑されるがために生まれてきたのかとさえ思われる、そんな五位にも夢がありました。芋粥を腹いっぱい食べてみたいというものでした。芋粥は当時天皇の食膳にさえ乗せられた食べ物で、五位のような下級役人には滅多に口に入らないものでした。味もこの上なくおいしいものとされていました。そんな五位が、ふとしたきっかけで芋粥を腹いっぱい食べるという夢を叶える、という話です。

「人間は、時として、充たされるか、充たされないか、わからない欲望の為に、一生を捧げてしまう。その愚を哂う者は、畢竟、人生に対する路傍の人に過ぎない」と、筆者は書いています。

五位の夢を、たかが芋粥、とあざ笑うことは簡単です。しかし、そんなふうにちっぽけな夢に一生を捧げる気持ちを、理解することは容易ではないでしょう。大袈裟だ、と一言で片付けてしまう場合がほとんどでしょう。しかし価値観は人それぞれです。人から見れば、常識から見れば、ごくごくちっぽけなことにとても大きな情熱を注ぐ、その気持ちの奥底のあり方を常識でひとくくりにしてしまうことはできないでしょう。人の数だけ違う考え方があって、価値観のおき方もまちまちです。少数派であっても、理解される権利はあるはずです。それを哂うのは、人生に対する路傍の人でしかなくなってしまいます。

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原爆の日

僕は原爆が落ちたずっと後に生まれました。原爆については学校で習ったり、テレビや本などによって、昔あったこととして知っているばかりです。祖父の妹がいつだか話してくれましたが、彼女は広島の原爆の光とキノコ雲をその目で見たそうです。それも爆心地からほど遠い、香川県沖に浮かぶ伊吹島でです。普段どんなに晴れていたとしても、伊吹島から肉眼で広島の陸を確認することは困難だと思います。どれだけ大規模な爆発だったのかがわかります。

広島、長崎において、その日その一瞬で多くの命が失われ、放射能による二次被害で1945年内に両市で20万人を超える方が亡くなられました。戦後62年が経って、当時を知る人が次第にいなくなり、僕のような後からの知識でしか知らない世代が多くを占めています。もし今あえて原爆の衝撃を想像するならば、ある日一瞬で一つの都市とその住民が姿を消すということ、例えば明日、一発の爆弾が投下されて一瞬のうちに東京が消滅してしまう、あるいは名古屋が、仙台が、札幌が、神戸が、鹿児島が、高松が、有無を言う間もなく焼け野原になってしまうと考えると、とてつもない衝撃です。そしてそれから3日後に、また突如として別のひとつの都市が姿を消します。人類史上に残る大事件です。報道機関はどのようにその事実を伝えるでしょうか。国民が受けるショックは、計り知れないものになるでしょう。

世界中に25万発の核弾頭があると言われています。存在するということは、この先使用される可能性が皆無ではないということです。核兵器とはどういうものなのか、過去の教訓からしっかりと学ばなければなりません。

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最近思うこと

今この一瞬は二度と戻ることはありません。その日友達と過ごした時間も、その日見た素晴らしい景色も、二度と繰り返されることはありません。人は皆それぞれの世界の中で生きています。それぞれ自身の目でのみ、耳でのみ、鼻、口、体でのみ物事を捉え、自身の頭でのみ考え、自身の心でのみ感じます。

僕は僕自身の目や耳や鼻や口や体、頭や心に全責任を持ちたいと思います。時間は二度と帰ることはなく、そして人生は一度きりだからです。また自分自身の持つ全てをできるだけ開放したいと思っています。どんなこともできる限り受け止め、できる限り受け容れたいと思っています。それも時間は二度と帰ることはなく、そして人生は一度きりだからです。

僕はまだ26歳ですが、明日死なないとも限りません。もちろん率先して死に向かおうなどと無茶なことは塵ほども考えていません。しかし僕にもいずれ死は訪れます。80年後かもしれないし、80分後かもしれません。誰にも例外なく訪れるものを、完全に否定することはできません。客観的に見れば僕は多くの人間の中の一人でしかありませんが、僕の主観から捉えたとき、僕の人生を僕なりの始め方で始め、僕なりの歩み方で歩んでいます。どこにも基準などあるはずがありません。僕自身の人生は僕自身のものでしかありません。生も、死もそうです。必ず1回だけ起こることです。世の中の普通とか平均とかいったことは全く関係しない次元の出来事です。あくまでも主観での話です。

ですから生きている限り、自分に関わるあらゆることを受け止めたいと思うのです。死んでしまってからではそれはできません。一回だけの人生の、一瞬一瞬に起きる全てのことは奇跡としか言いようがありません。その時、その場所で出会う出来事全てが、生きているからこそ体験できることで、そして二度と経験できないことです。なんだか最近そんなふうに思います。

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ニュースお届け

新しいボランティア活動をはじめることになりました。60歳以上の方、介護保険に該当しないと認定されたお年寄りなどを対象に、自宅での閉じこもりをなくそうという意図から社会福祉協議会が運営しているサービスがあり、9月から月3回程度、そこでボランティアとしてお邪魔することになりました。

見学に行って、思っていたより利用者さんの数が多いことに驚きました。その時は20人ほどだったと思いますが、いつもはもっと人数が多いそうです。見学だけのつもりだったのですが、簡単にご挨拶して、利用者さんに混じっていろいろと世間話をしました。みなさんお元気で気さくな方ばかりで、かえってこちらの方がパワーをもらうような形でした。みなさん自宅から徒歩や自家用車やバスで通ってこられます。高齢だけれども介護を必要としない方たちで、みなさんまだまだ力強いです。

他のボランティアさんは、本の読み聞かせをしたり、お弁当を作ったりされているようです。僕はそこでニュースの解説をすることになりました。時事問題や地域のニュース、季節の話題、スポーツなど、新聞や雑誌やネットなどからいくつか選んで、それをわかりやすく解説しようというものです。医療や年金など、高齢者に大きな関わりがあることもわかりやすい形で伝えたり、お年寄りの苦手な横文字の頻出するニュースなども、解きほぐして伝えることができればなと思っています。

ニュースを伝えること自体も目的の一つですが、それをきっかけにいろんな会話をして、親交を深めることができればいいなと思います。また、高齢者の方々の子供の頃の地域の様子、暮らしの様子、文化や考え方などを教えてもらい、何かの形で残せないだろうかとも考えています。また残したものを若い世代に伝える橋渡しができないだろうかとも思っています。

とにもかくにも人前でお話すること自体経験が少ないので、練習しながらというくらいのつもりで地道にやっていきたいと思います。

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コーヒーを良く飲みます。毎日何杯か飲みます。あんまり飲み過ぎないほうがいいですかねえ。

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地域のこと

石鎚神宮は三豊市にあります。僕も三豊市に住んでいます。三豊市も他に漏れず少子高齢化、過疎化が進んでいます。僕も住民として地域の現況、問題を知っておかなければならないなと思います。また、自分ができることがあれば、それは少しのことかもしれないけれども、積極的に取り組んでいきたいと思います。

日本は戦後焼け野原からの急激な復興を目指す上で、速度を最優先するあまりどの街も同じような景色になるように開発を進めてきました。しかし地域ごとに風土というものがあって、それを無視しては活力のあるまちにはなりづらいのではないかと思いますし、またせっかく土地に備わっている風土を殺して、扁平なまちの一つにむざむざ列するのは、とてももったいないことであると思います。

三豊市には三豊市の風土、特色、気風というものが備わっているはずですから、まずそれを掘り起こし、認識し、その上でそれをどう活かしていくのかを考える必要があると思います。もちろんお役所なども取り組んでおられるでしょうが、やはりそれにも制限があるものですし、また民間人ひとりひとりが行政にぶらさがっている一方では、なにも動き出しません。まず個人のレベルで地域に対する意識を高めることが、民間人のすべき第一歩であると思います。

一人ひとりにできることは小さなことでしょうが、その広がりと積み重ねこそが肝要です。いろんな人と話ができるように、また広がりと積み重ねを生み出せるように、僕個人としても地域のことをこれから勉強していきたいと思っています。まず地域のことを知って、いろんな人と話し合って、意見交換の場を設けたいと思っています。そしていずれは何らかのかたちで地域の活性化に関して少しでも貢献できるような活動をしたいです。

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どこで満足を得るか(月報より)

本多静六という人は日本の林学博士で、「公園の父」の異名を持っていました。埼玉県に生まれ、東京の明治神宮や日比谷公園をはじめ、明治期以降の大型公園の設計・改良に、全国にわたって多数携わりました。多大な財産をなした資産家としても有名で、その信条は勤倹貯蓄の文字通り、真面目に働いて倹約することで堅実に蓄えを得るということにありました。

本多氏の蓄財術には一種独特の決まりごとがあって、それはどんなに貧しくても定期収入の四分の一と臨時収入の全額を貯蓄するということを必ず守り続ける、ということです。「四分の一天引き貯金」と呼ばれるその方法に加え、氏の専門性を活かした投資、つまり山林や山地や株への投資によって、大きな財を築き上げました。

しかし、本多氏の勤倹貯蓄の信条には続きがあります。それは築いた富に執着しないということです。手にした巨額の財のほとんど全てを、いとも簡単に、そして何度も寄付してしまいます。例えば1930年には、所有していた山林約2,700haを埼玉県に寄贈しています。財産はほとんど公共のために寄付されました。氏にとって蓄財は自身の満足だけを念頭に置いたものではなく、築いた富を世の中にとってさらにどれだけ効果的に使うことができるのか、という強烈な公共理念によって成り立っていたものということがわかります。

謹直に職務に従事し、倹約を守り財を成し、広く公共の手に委ねるという本多氏の一連の行動を、今度は寄付を受けた公共の側が発展させます。「本多静六博士奨学金制度」は、先に紹介した山村の寄付を受けた埼玉県が、育英事業として実施しているものです。自らの少年期における苦学の経験を元に、次世代の教育環境の向上を助けています。本多氏、県、そして奨学金を受けた学生と、慈善の連鎖は続いていきます。

本多氏の常からの心がけを表すものに、次のような言葉があります。「人生の最大幸福は職業の道楽化にある。富も、名誉も、美衣美食も、職業道楽の愉快さには遠く及ばない。職業を道楽化する方法はただ一つ、努力(「努力」と書いて「べんきょう」と読ませました)することである。」自分の職業を、すなわち人生において自分が与えられた役割だと心得て、その役割と真正面から向き合ってとことん「べんきょう」することが何よりも大切だということでしょう。

本多氏はこのような心がけのもとに、巨大な財を成さしめたわけですが、それでも富や名誉や美衣美食を求めることをせず、寄付という形で慈善の輪を広げるという選択肢をとりました。その輪は今も繋がっており、氏の生まれ故郷である菖蒲町では、本多氏の勤勉で質実な人生哲学や処世術を町政にも活かそうと、様々な顕彰事業が自治体を挙げて行われています。このように、本多氏自身は財産をほとんど残すことはありませんでしたが、自分の役割を全うしようという心構えが、後世まで名を残させる結果となったのです。

敬意や好感を集める人というのは、自己満足を追い求める人であるより、周囲の満足に対して自らはどこまでのことができるのかを追究する人であると、ひとつには言えるのではないでしょうか。もっとも近頃では、その人がどれだけ自己を肥大させているかという点が羨望の的になっているという部分もあります。どれだけ財力や権力をてにできるのかを追い求める人が目立ち、また周囲の価値判断もそれに準じるという傾向にあるようにも見えます。もちろん財を投げ打っての寄付行為や、仕事のことだけを考えるというようなことは、誰にでもできることではありません。しかし少なくとも、利他の心はいつの時代にも美徳であってほしいものです。

(月報「石鎚」より)

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