二百十日といえば、昔から嵐が訪れる日として恐れられてきました。二百十日は、立春の日を一として二百十日目の日をいいます。嵐が来襲する日としてこの時期に恐れられた日は八朔(はっさく)、二百十日、二百二十日の3つの日で、これらを合わせて三大厄日ともされています。
ちなみに今年の日付では、三大厄日はそれぞれ八朔=九月十一日、二百十日=九月一日、二百二十日=九月十一日となります。江戸の昔などは、嵐といえばこの中でも主に二百十日前後に良く来るとされていましたが、近年では少しずれて二百二十日の頃の方がよく嵐に襲われるようになっています。
二百十日という言葉が初めて官暦に登場するのは、1684年に採用された貞享暦(じょうきょうれき)です。貞享暦は当時の幕府の天文方・渋川春海(しぶかわはるみ、またはしゅんかい)によって完成し、その後宝暦暦に改暦されるまで七十年間用いられました。渋川が二百十日という日を暦に採用するにあたっては、次のような故事が残っています。
釣り好きだった渋川が江戸品川の海に釣り船を出そうとしたところ、一人の老漁夫が海上の一点の雲を指差し、「50年来の体験によると二百十日の今日は大暴風雨になるからやめたほうがよい」と教えました。その日は晴れていたため渋川も疑いの目で眺めていましたが、次第に黒い雲が広がって老漁夫の言うとおりになりました。このことがあって、渋川は貞享暦に二百十日という言葉を取り入れたのだということです。
このような言い伝えも世代を重ねるごとに忘れ去られていきます。今では天気予報の技術の発達などもあって、雲や風の流れを見るだけで天気を予測できるような人も減っているようです。そのような知識や経験は発達した技術の陰に隠れがちですが、いざというときにはたいへん頼れるものです。天災による大きな被害を未然に防ぐことにもつながります。
9月1日は二百十日であるとともに「防災の日」でもあります。香川県では県の消防協会や道路協会、港湾協会や河川協会などが「無関心、無警戒が生む大きな危険」「安全のために気をゆるめず再チェックしましょう」と防災を呼びかけています。地震などの災害は予期せぬときに襲い掛かります。また天災の種類を問わず、被害が想定していた範囲を上回ることも十分あり得ることで、またそうなったときに見解の甘さを嘆いても取り返しがつきません。日常的な防災意識を維持することで、被害にも大きな差が出るのです。
四国地方に立て続けに台風が上陸した2004年、香川県内で風水害により全半壊した家屋は122棟で、床上・床下浸水被害は延べ約39400戸にも上り、死者・行方不明者は合わせて19人もでる惨事となりました。山には今もクッキリと爪あとが残るほどの土砂崩れが起き、建物や橋は土石流に流されました。近年は集中豪雨の起こりやすい傾向が見られるともいいます。台風の進路を変えることは到底できませんが、二百十日に近い今、被害を最小限に食い止めるためにも、なお一層の注意と警戒が求められます。
台風の具体的な対策例としては、台風が来る前に「家の内外の壊れや異常を点検、整理しておく」「非常持ち出し品、避難場所、避難路を確認しておく」ということです。また台風が近づいてきたときには「気象情報を十分聞き、雨や風、川や海の水位に注意する」「がけ、山崩れのおそれがあれば早めに避難する」「強い風が吹いているときには外出しない」ということが挙げられます。
災害は、被害を受けてから悔やんでもどうしようもありません。事前の対策こそ重要になります。絶対に被害に遭うとは限りませんが、たった一度の遭遇で全てを失うことにも繋がります。進んだ技術と、先人達の残した豊かな知恵と経験を活かして、防災に取り組みましょう。
参考:四国新聞、『こよみのページ<暦のこぼれ話>』 など
※月報「石鎚」より