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2007年10月の記事

自己紹介とオセロ

身体障害者さんとのお話の日でした。今日は初めてお会いするNさんと、毎月お話しているSさんのお2人とのお話でした。どちらも男性です。一人ずつ、だいたい一時間ずつおしゃべりします。Nさんとは初対面だったので自己紹介も含めた世間話を、Sさんとは今日はオセロをしました。

Nさんはとってもお話好きな方で、はじめましてと挨拶するとスルスルと会話が進んでいきました。Nさんが買い置きしてある缶コーヒーを一本ご馳走になり、Nさんのお部屋でお話したり施設の庭に出てお話したりしました。次から次へと途切れることなくいろんなことを話してくれて、僕はほとんどうなづくだけでいいくらい、積極的にお話してくれました。日ごろ、まとまった時間誰かとおしゃべりするということがなかなかできないそうで、誰かに話したい何かがたくさん溜まっていたのだろうと思います。

施設の職員さんはものすごく忙しいので、長時間差し向かいで会話するというわけにいきませんし、利用者さん同士も、症状の程度や種類が違うために、上手く会話が成り立たないんだそうです。向かいに座って話を聞くだけでいいのだけれど、みんな事情があってそれができない。僕は何という取り得もありませんが、強いて何かできることがあるとすれば、向かいに座って話を聞くことができる、ということです。何もできない、ということが、かえって役に立つことがあるんですね。そういうところがボランティアのいいところだと思います。

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山に登ってみましたが紅葉はまだまだでした。そんなに標高が高くなかったからでしょうか。本格的な秋はもうちょっと先なんでしょうかね。

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道路にゴミが落ちているのをよく見かけます。なにか中身が入ったスーパーの袋とか、故意に捨てたように思われるものも多いです。いやですね。

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こんなにすごかったっけ

スポーツの試合を観ていたりするとよくあるのですが、あれ、この選手こんなにすごかったっけ、という人をよく見つけます。野球なら、以前まで1軍と2軍を行ったりきたりしていたかと思えば、すごくいい打順を打っていたり先発の柱になっていたりと、チームの中心になっているといったことで、サッカーならJリーグでも無名だったのに日本代表で活躍していたり、というようなことです。

鳴り物入りでプロになって、はじめから活躍し続ける選手もほんとうにすごいと思いますが、下からはじまってトップにまで這い上がってくる選手もまたすごいです。相当な努力、あきらめない気持ちを持ち続けていないとそうはなれませんよね。スポーツ選手だけでなく、政治家さんや歌手なんかでも同じようなことを思います。そうやってのし上がってきた人にはとっても勇気付けられるので、なんだか惹かれてしまうんです。

有名人でなくとも、身近な人もそうです。苦労して努力して何かを成し遂げた人は、それを表に出さなくとも人を惹きつける魅力が滲み出ていると思います。一つの道にとことん打ち込んで、周りとも自分とも戦い続けてきた、そういう経験というのは語らずとも出てくるものなんだと思います。はじめから高い能力を持っていて、すぐに結果を出せる人なんてごくごくわずかで、努力することや諦めずに続けていくことがどれほど人として大切なことなのか考えさせられます。

野球でよく言う「練習はウソつかない」って本当なんだと思います。長嶋茂雄さんは、現役時代1000本ノックを受け続けたそうですが、そんなにたくさんやったって体力の無駄じゃないんですかと聞かれ、「いや、おかげでバッターの構えを見ただけでどこに打球がくるかわかるようになった」と話したそうです。やった分だけ必ず帰ってくるんですね。

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「マイニチ小窓」はじめました

マイフォト機能を使って「マイニチ小窓」を作ってみました。これからちょっとずつ写真も載せていこうかなと思います。できれば毎日アップしたいのですが、携帯電話からはできないので、毎日というわけにはいかないと思います。名前は「マイニチ」なんですけどね。そこはご容赦下さい。

設置してみると、なんだか切手みたいでかわいらしいです。日替わりでコロコロ変わりますし、自分で見ていても楽しいんじゃないかなと思います。今日は張り切って2枚アップしてみました。普通のデジカメですし、腕も素人ですし、写すものもこれまたありふれたものになりますが、そういう素朴なのがかえって飽きがこないかなと思います。

日常にあふれている何でもない景色や物も、写真にして枠の中に収めてみると、意味があるように見えてきたり、存在感を表しはじめます。いや、逆なのかもしれませんね。本来、どんな景色、どんな物にも意味や存在感はあって、普段の生活の中ではそれに気がついていないだけなのかもしれません。毎日いろんな写真をとっていると、また新しい発見に出会えそうです。

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想像力をかきたてる

今日はニュースお届けボランティアの日でした。今日のトピックスは「お遍路支える動き広がる」「出会い通し夢かなえる」「災害時の食料品供給」の3つで、どれも四国新聞の記事から紹介しました。

約30分、ひとりでペラペラと話すわけですが、できるだけ聴いて下さるみなさんとの呼吸をはかりながら進めていくよう心がけています。今日はこんなことを話しますよ、と簡単に紹介したプリントを一枚渡しているだけで、僕は座って喋っていて、みなさんも座ってじっと聴いているだけになりますから、話が単調になると聴いている側も退屈になってきて、つまらなくなります。

そうならないように、たまに冗談を交えたり、もったいぶった上にもったいぶって、結論を出し惜しみして緊張してもらい、またそれをすーっとほぐしてみたり、一つの話題の中にも山や谷ができるようにしているつもりです。けれどそれがなかなか難しいもんですね。

もう言葉だけが道具ですから、いかにうまく想像してもらえるかが非常に大事だなと思います。例えば今日の「出会い通し夢かなえる」という話題は、ある61歳の男性が、学生のころあきらめた夢を60歳近くになってやっと叶えることができたという話です。実際にその方に直接お話を聞くわけでもなく、芝居をするわけでもなく、その方がどんな苦労をされたかとか、夢が叶ったときどんなに嬉しかっただろうとかいったストーリーを、言葉だけで伝えたいわけです。聴いてくださるみなさんに、その人の体験を頭の中に上手く思い描いてもらうことができれば楽しいでしょうし、イメージが全然思い浮かばないときは退屈になってしまうかもしれません。

新聞記事もとても読み甲斐があるものですが、話すとなるとただ新聞記事の文字を読み上げるだけでは味気ないものです。人の声で話し、伝えるのならば、目で読むのとは違う味わいを生み出せるはずです。またそうでなければ意味がありません。聴いていて想像力がかきたてられ、ドキドキワクワクしたり、あるいは感心したり感動するような、そんな話し方ができるようになりたいです。

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未来の電話

携帯電話をついに換えました。それまでの電話は35ヶ月持っていたことになるそうで、かなりポイントが溜まっていたのでお金の支払いナシで機種変更ができました。テレビも見られる機種などもあったのですが、電話とメールができれば問題ないので、ひとつ古い機種にしました。操作方法も前とあまり変わらないし、見た目もけっこう気にいっています。

それにしてもたくさんの機種があるもので、次々に新しい機能がついていきますね。随分前からすでについていけていませんが、これからもどんどん便利になっていくのでしょう。オンライン通信も快適だし、カメラもデジカメ並みだし、もちろん電話もできるし、携帯電話がすごいものになってきました。こんなすごいものを日本国中みんなが当たり前にポケットやバッグに入れて持ち歩いているなんて、それこそすごいことです。

京セラの稲盛会長が「みんなが自分の電話を持ち歩く時代が来る」と言うのを、周りの人が誰も信じなかったといいます。しかし、予言どおりそういう時代が現実になりました。みんなが当たり前に持つほどに普及させるには、電話本体そのものの価格をうんと安くする必要があるそうで、やはりあのものすごい機能を持つ機械は、本来ならばもっと高価なものなんだそうです。それを安く配って、通話料などで稼ぐわけです。

通話料が安定して、昨年でしたか、番号をそのままに他社に移れるサービスが解禁になり、新しい競争がはじまりました。安定の後には競争が来るものです。そういったソフト面での競争を繰り返すうちに、携帯電話やインターネットが登場したように、そのうちまた新しい概念が登場するのでしょう。

飛脚から郵便が生まれ、それから電報が生まれ、電話が生まれ、メールが生まれ、通信技術は進化してきました。その裏には、交通手段の発達、衛星の打ち上げ、インターネットの普及などが平行してありました。次はどこへ向かっていくのでしょうね。未来の僕は、携帯電話ではない何かを当たり前のように持って、呑気に機種変更なんてしているのでしょうか。それは稲盛会長の予言のように、今の時点ではほとんどの人が想像していない何かなのでしょう。楽しみですね。

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コンテンツ

広辞苑が来年1月改訂されるそうですね。「うざい」「ニート」「イラク戦争」など、ここ最近広く使われるようになった約1万語が追加されるそうです。岩波書店の山口社長は、前回の改定からここ10年の変化は、かつての100年にも相当すると語っています。科学技術や情報技術がめまぐるしく進歩した影響が言葉にも表れているということです。

そういうニュースを今日の朝刊で読んだのですが、言葉って変わったんだなあと実感することが、朝刊の広辞苑の記事を読む前にありました。昨日の夜、調べたいものがあって国語辞典を引いていました。いつも使っているごくごく一般的な国語辞典です。ちなみに定価は3,200円となっていますが、古本屋で買ったものです。

何を探していたのかは忘れましたが、「コ」のページをめくっていたんです。「コンテスト」とか「コンテナ」といった、頭に「コン」とつく言葉が並んでいるあたりで、僕の頭の中に「コンテンツ」という言葉がパッと浮かびました。「内容」とかいう意味です。最近ネット上でよく見かける言葉だし、そうでなくてもなんとなくカタカナ英語として、ネットが普及する以前からも巷で自然に使われている言葉だと認識していました。けれど、その辞書に「コンテンツ」は載っていなかったんですね。「コンデンス」という言葉があって、その次は「コント」でした。今はどうなんでしょうか。載っててもおかしくないと思うんだけどなあ。

巻末を見ると、この国語辞典が発行されたのは1996年です。10年前って、コンテンツという言葉はあまり使われていなかったんでしょうか。ネット普及前からも使っていたような気がしていましたが、そうでもなかったのかなと思うとそうでもなかった気がしてきました。その言葉を知ってはいましたけど。そういえば「コンテンツ」とあちこちで見たり聞いたりするようになったのはここ2年くらいなんじゃないでしょうか。2年は言いすぎですかね。

新しい言葉って、「コンテンツ」のように自然に馴染んでいるものもあれば、一時的な流行語のように、たまに使っていて気恥ずかしかったり、ぎこちなかったりするものもあります。どちらにしろできるだけ乗り遅れすぎないようにしたいところですが、新しい言葉に注目するばかりで、古い言葉を忘れたりしないようにしたいです。

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90年の道のり

お茶の先生とお話をしていると、先生のおうちの電話が鳴って、先生がその電話にでられました。こちらへ戻ってきた先生が言われることに、電話は京都に住む90歳の方からだったそうで、その方のことをいろいろ教えて下さいました。

90歳にしてまだまだお元気で、食事もおいしく食べるし、足腰もしっかりしているし、電話をかけられるくらいですから話もしっかりできるそうです。さらに驚くことにプールに通って300m泳ぐのだといいます。僕はあまり水泳が得意ではありませんから、ひょっとすると競争したら90歳の方に負けてしまうかもしれません。ましてや僕が90歳になったとき、300m泳ぐだなんてことができるとは到底思えません。すごいエネルギーだなと思いました。それはやはり年をとってから鍛えたり心がけたりするわけではなくて、年をとってからの丈夫さの程度は、その人の若い頃からの生き方に大きく左右されるのでしょう。

今でも足腰がしっかりしているということですが、90年間、どんなところを、どんな風に歩いてこられたのでしょう。「歩く」ということに焦点をあてて思ってみると、かえって想像が現実的に膨らみます。子供のころに歩いた風景はどのようなものだったのでしょう。そこから90歳になる今まで、毎日毎日一歩一歩積み重ねながら、その風景の移り変わりをどのように見、どんな人に出会い、何を思ってこられたのでしょう。どれだけの道を歩いてこられたのでしょうか。

自分に置き換えると、90歳なんてまだまだ先で、この世にいるかどうかさえもわからなくて、それまでどんな道のりを歩いていくのか全く想像できません。そう考えるとお年寄りって、とても大きく重いものを背負っているんだなあと思いますね。

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春の香り

今日は第二駐車場の花壇にビオラとパンジーを植えました。苗は近所の苗屋さんへ車で出かけてたくさん買って、ついでにホームセンターや電気屋さんに寄って、帰ってきてから植えました。軽四自動車で買いに行き、たくさんのパンジーやビオラを後部座席に積んであちこち移動していたのでした。

朝早くは冷え込んでいましたが、日が高くなるにつれてあたたかくなり、苗を積んで走っていたお昼前は、車内はぽかぽかと気持ちいいくらいでした。初めは窓を開けて走っていたのでそうでもありませんでしたが、ホームセンターで買い物をして車に乗り込むと、買い物中締め切っていたために花の香りが漂っていました。

そのとき一瞬、今は春だと錯覚してしまいました。ぽかぽかの気温とあいまってか、いつも見る境内の春景色や、冬を終えてあたたかい季節がやってきたあの時の嬉しさなど、春にまつわる感覚や感情が、その花の香りをかいだ一瞬に凝縮されて甦り、違う今は秋だと思うと同時に通り過ぎ、去っていきました。

ほんとうに一瞬でしたが、とても不思議な感覚でした。パンジーやビオラの香りをじっくりかいだことは今までなかったのですが、その香りは春になるといつも感じるものとたしかに同じ香りなのでした。パンジーやビオラは春にも咲いていますから、春になるといつもその香りをかいでいたのかもしれませんし、違う種類の花で、似たような香りのものをかいでいるのかもしれません。

いずれにせよ、僕がいつも春を感じている、特定の香りというのがあったのだということを初めて意識しました。また、その香りをかいだだけで、その瞬間に身体が、頭が、あるいは心が、春になるということに驚きました。僕の中に春の記憶のようなものが潜んでいるんです。それは冬眠しているけれど、春を感じる何らかの刺激を受けると、身体を春にするんです。まだ冬でも暖かい日が続くと春が来たと勘違いして地上に出てくるカエルのように、身体中が春に対応しようとするんですね。夏や秋や冬も、同じようなことがあるかもしれません。不思議です。

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ブドウとワイン

風呂上りにブドウを食べようと思って冷蔵庫から取り出しました。すると家族がちょうど頂き物のワインをあけるところでした。コルクの栓がなかなか抜けず、手伝ってくれというので抜いてあげました。味見してみろといわれたので、コップに少し注いでもらいました。風呂上り、片手にブドウ、片手にワインと、同じ原料のとても変な取り合わせになりました。

ブドウをつまみながらワインを飲むなんてもちろんはじめてです。どっちかを我慢してもよかったんですが、ブドウはブドウで、ワインはワインでおいしそうだったので、両方同時にいただくことにしました。

ブドウを一粒食べてみると甘くて食感が楽しかったです。その手でワインを少し飲むと、渋みがきつめなワインだったようで、ブドウの甘さと正反対の味が広がりました。コクがあっておいしいワインだったと思います。それからブドウとワインとをいったりきたりしていました。

甘さと渋さ、二つの両極端な味覚が互い違いにやってくるわけですが、同じ原料ですからお互いどちらともが持っている共通の味を見つけることができます。二つの円が、重なっている一部分がありました。ブドウにもあって、ワインにもあるものです。これがブドウの風味だなとおもいながらいただいていました。

こういうブドウが、醸成されてワインになるのか、と妙な感銘を受けました。なぜこの果物で酒をつくろうと思ったんだろう、という疑問が浮かびました。また、ブドウで酒を作ろうと一番はじめに考えた人は、ブドウで酒をつくると美味いということがはじめからわかっていたんでしょうか。それともいろんな作物で試してみて、数々の失敗も経た上で、あ、やっぱりブドウが美味しいなと発見したんでしょうか。

今では当たり前のように知られていますが、何年も寝かせるとワインが美味くなる、ということも、どうやって考えだしたのでしょう。科学的に検証なんてできない時代だったでしょうし、実際にその年数、十数年とかいった長い年数をかけて試した人がいたんでしょうね。それがこんなに歴史を持つようになって、世界中で飲まれるようになっているなんて、そのワインを寝かせながらはたして考えていたでしょうか。ゼロから何かを作り出すというのは、すごい可能性を秘めたことですね。

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秋祭り

秋祭りの季節ですね。週末になるとそこかしこで太鼓や笛の音が響いています。西讃地区でも特ににぎわうのは豊浜や観音寺などの「ちょうさ祭り」でしょうか。五穀豊穣や豊魚などの願いを込めて、きらびやかに飾られた「ちょうさ」と呼ばれる布団太鼓が街を回ります。

僕も小さい頃はよく豊浜のちょうさを見につれていってもらいました。子供用のハッピを着て、祖父母の家の前の道を通るちょうさを見物した覚えがあります。担ぎ棒にも乗せてもらった記憶がうっすらとありますね。またたくさんのちょうさが一堂に会する八幡神社への宮入にもつれていってもらいました。とても迫力があったのを覚えています。しかし大きくなってからはなかなかちょうさを見る機会もなくなりましたね。

祭りのときにはおおっぴらに騒いでいいんですよね。祭りのときみたいに騒げることって、普段じつはあまりないように思えます。昔なんかだと娯楽も少ないし、余計にそうだったんでしょう。1年間溜まりに溜まったものを祭りにぶつけてエネルギーを大放出できたんですね。いろいろな祈願と同時に、祭りにはそういうガス抜きの役割もあります。あんまり無茶しすぎも困りますが、祭りは景気良くいきたいものです。各地で良い秋祭りが行われるといいですね。

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眠れる直感

稲作伝来以前の古代人の生活行動圏は、狩猟採集の必要性から森林山岳地帯に限られていたそうです。あんまり海辺では暮らさなかったんですね。大和王朝が開かれるのは稲作が広まった後になりますが、やはり奈良は周囲を山に囲まれています。奈良、京と長い間都は山に囲まれた土地におかれていました。平野部より盆地のほうが古代の日本人は落ち着いたんでしょうか。

昔の人は今の人よりも直感がよく働いたということを聞きます。歴史が段々新しくなるにつれて、直感が鈍くなってきたそうです。例えば、都の場所を見ても、古い都は大きな地震に見舞われたという記録がありません。大地震で都の建物がことごとく倒壊したという記述がないのは、都が大地震の起きにくい地盤の上を選んで作られているからだという説があります。古代の人々が動物的直感でもって、あるいは呪術や占いによって、地震の起きない土地を探しあてたというわけです。

しかし、新しい江戸の都は度々大きな地震に見舞われています。これは世の中が便利になって、人々から危険回避の動物的直感が失われたからだということです。またその時代の政治的条件を優先し、自然への問いかけを軽視したためだとも言われています。

そのあたりの真実はわかりませんが、古代人は鋭い動物的直感を持っていたということは大いにありえると思いますね。大和王朝の成立は3世紀ごろだそうですから、つい1700年ほどまえです。1700年前の人間ですらそれだけの直感を持っていたのですから、それから人類の歴史をさかのぼればさかのぼるほど、より動物に近い直感を持っていたのでしょう。いろいろ便利な道具を持っている現代人には、その直感は失われているんでしょうねえ。しかし、眠っているそれを呼び覚ます方法なんかもありそうな気がしますね。

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高松ドライブ

大阪-香川間を移動するのに、高速道路を使うことが多いです。高松道や神戸鳴門道などをよく通ることになるわけですが、ほとんどが山手の土地に敷かれた道路です。鳴門から高松までは一車線の対面通行ですし、トンネルも多いですね。淡路島、四国の高速道路は、ほとんど山すそを通っているんじゃないでしょうか。

そんな中、高松は市街地を走っています。バイパスの上を高速道路が沿っています。車からの景色も高松に入ると突然開けてきます。高松を過ぎるとまた山の間に入っていきます。西行き、東行き、どちらも同じで、山あいの景色が続いている中、高松で視界が開けてきます。一般道ではそうも感じませんが、建物のあまり見られない山あいの高速道路を抜けると突如として現れ、しばらくすると通り過ぎていく高松の市街地は、高速から見ていると砂漠のオアシスのような感じがします。または、森の中で人知れず発展してきた未知の近代都市のような、秘められた楽園のという印象を受けることがあります。

今日は午前中高松に向かう用があり、詫間町から海辺の一般道を通って高松に向かいました。五色台のあたりから瀬戸内の海と島々が見渡せ、また眼前には高松の市街地の景観が、山あいの道を抜けるとすうっと広がりました。讃岐特有の小高い山の間からシンボルタワーを中心に据えた街の風景がのぞき、海との対比がリオデジャネイロみたいでした。さわやかないいドライブになりました。

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松茸をいただきました。夕飯は松茸ご飯と土瓶蒸しでした。いやあ、おいしかったです。

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金色の鯉

石鎚神宮の境内の池には、鯉がいます。鯉がいる池は2つあって、上の池には大きい鯉が、下の池には小さい鯉がいます。上の鯉が何匹か死んでしまって池が寂しくなってきたので、下の鯉を上に引越しさせることにしました。下の鯉はどんどん増えて、今30匹くらいいるんじゃないでしょうかね。

さて、移すといっても相手は魚ですから、なかなか上手く捕まえることができません。水を全部抜き取るには池が大きすぎて大変です。エサを蒔くといつも水面に集まってくるので、そのときを狙ってタモですくう作戦にしました。池のヘリに立って、すぐ足下にエサを蒔き、足下に集まってくる鯉をすくい上げるんです。

なかなか一度に何匹もというのは難しいですね。一度タモでザブンとやると、エサを蒔いても警戒して寄ってこなくなります。一度で決めなければいけません。でもまた2,3日してから次のエサを蒔くと、警戒も解けてまた寄ってきます。そしてまたすくいます。一回につき一匹すくって、上の池に引越したのは今日で三匹目です。もう2、3匹すくいあげたいところです。

下の池の、30匹ほどの鯉の中に、金色の鯉が一匹います。みんな白とか赤とかなので、そいつだけ輝いていて目立ちます。できたらその金色を捕まえたいんですが、上手くいくでしょうか。

他の鯉は似たような色なのですが、その金色の鯉が目立つので、鯉をすくいに通ううち、僕のほうも金色を探すようになってきます。ひいきしているような具合になります。あ、金色がいるな、とか、やっぱりあいつは目立つな、とか、金色とその他、という分け方をいつの間にかしてしまっています。

当の金色は、自分だけ目をつけられているだなんてきっと思っていなくて、みんなと同じように闇雲にエサを追いかけているのでしょう。そしてきっと、自分がみんなと違う金色だということも知らないに違いありません。鏡もないですし。もしも知ったところで、鯉にとっては何の得もないんでしょうね。金色だろうが紅白だろうが、おいしくエサを食べられて、優雅に泳いでいれば幸せなんじゃないでしょうか。

ああ、自然な姿だなと思います。そういうのを見ていると、自分らしさって何だろうかとあらためて考えさせられます。周りばっかり気にしてても仕方ないなあと思います。

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はじめからプロではない

身体障害者療養施設へ、利用者さんと1対1のお話ボランティアに行ってきました。今日で3回目で、初めてのときと同じ方がお相手でした。前回、時間がなくなってお話が途中になっていたことなど、いろいろと世間話をしました。たくさんお話して下さる方で、楽しい一時間が過ごせました。前に居た金魚が死んでしまったので、また新しく飼いたいな、と言っていました。次に来るときはもういますか?と尋ねると、いると思うよ、とのことでした。どんな金魚に会えるのか楽しみですね。

ほんの1時間程度のお話でしかありませんので、正直どこまでお役に立てているのかはわかりませんが、もう来なくて結構ですと言われるまで行かせていただきたいという気持ちです。体裁よく言えば、自分ができる範囲で少しでも誰かのお役に立てれば、ということでボランティア活動をさせていただいています。けどそういう外向きな働きかけよりも、ボランティアで充実しているのはむしろ自分だなと感じます。

そもそも福祉系の資格もないし、そう大したことはできません。ボランティアでプロ並のすごいことができるのなら、はじめからプロとしてお金をもらっています。だから大したことはできません。「ボランティア活動をしています」と言うと、すごいねとか偉いねと言われることがありますが、とんでもありません。ちょっとしたお手伝い程度のことしかできないし、そのささやかさに比べて自分は大変な経験を積ませてもらっています。これはほんとうにありがたいことです。感謝するのはこちらのほうです。

これからも出来る限り続けさせていただきたいなと思うのですが、ボランティアとしての活動の仕方にも徐々に幅を持たせられるようにしていきたいと思います。ささやかなお手伝いしかできないことには変わりありませんが、もっと効果的にお役に立てる方法がまだまだあると思うんです。ボランティアはボランティアならではの立場で、行政とも企業とも違った柔軟性を持てるはずです。その自由さ、柔軟性を活かして、行政と民間人、企業と民間人の間で上手く活動できれば、いろんなものごとが滑らかに動くことができるんじゃないかなと思います。見えない潤滑油みたいなイメージでしょうかね。

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車を修理した

車の調子が悪くなって、いつもお世話になっている修理屋さんにみてもらいました。車体の下がどうも汚れているので、オイルがどこかから漏れているのではないかと思っていたのですが、案の定でした。

修理屋さんは車体の下に潜り込んだり、エンジンの音はどうか、とか、いつごろオイル交換をしたか、などと僕に質問したり、ボンネットを開けてエンジンルームの様子を見ていたりしました。僕は車は乗るだけで機械には疎いので、質問に答える以外は後ろから作業の様子を見ているだけでした。

修理屋さんは淡々と作業を進め、原因をつきとめました。どうやらエンジンルームの一部にオイル漏れの問題があるようでした。僕にとってはエンジンルームは機械と配管が複雑に交差しているだけの空間ですが、修理屋さんはいつのまにか、実に手際よく原因を突き止めていたのでした。当たり前ですが、プロは違うなと思いました。

車と修理屋さんの関係って、人間と医者の関係と同じだなと思いました。身体の中に消化器官や呼吸器官や血管などがあるように、エンジンルームには機械と配管があって、血や体液のようにガソリンやオイルが流れています。人間の身体の異常を治すために、素人には手を入れる限界があります。僕にはお腹を開いて内臓を手術するような芸当はできません。車も、専門的なことになると誰もが知識を持っているわけでもないし、修理もできない部分はあります。

物を治せる、っていいなと思いました。欠けたところがまた戻ってくるのって、嬉しいことなんだなと。そういう特殊な技術を持ってる人って、ありがたい存在ですね。

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モツ鍋を生まれて初めて食べました。鍋に入れるのはニラとキャベツとホルモンだけなんですが、これがまたおいしかったなあ。値段も安いし、クセになりそうです。

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夕焼けが綺麗です。空色と茜色が混ざって、薄い雲を浮き上がらせています。

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佐野教会のサザンカに虫がたくさんついてボロボロになっていました。明日駆除しなければ。

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今日は高知教会の秋期大祭でした。終わってすぐに大阪に移動して、さっき到着しました。明日は佐野教会の月並祭です。

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固まるにはまだ早い

若いのでどんどん失敗しなければいけないと思います。まだ自分はこういう人間だからと器の形を限定させてしまっては勿体ないように思います。けれどもどこかで、物事の判断基準を固めてしまっているような気がします。それも無意識のどこかでなので、なお厄介に思います。

本を読んだとき、テレビを観たとき、音楽を聴いたとき、人と会話するとき、景色を眺めるとき、いつも同じ形態で受信しストックしてしまっているような気がします。もっと熟年になってから自分のスタイルを決めてしまうのならまだしも、まだ人生どっちを向くかわからない、人生始まったばかりのような今の年頃で、ひとつのモノサシにこだわっているというすれば、すごくいろんな可能性をあきらめていることになると思います。自分は700MBのCD-Rしか使わない、と決めるのは早計で、MOだってメモリースティックだってあるし、これからどんな保存形態が現れるかわからないし、そもそもノートにだってテープにだって保存できないわけではありません。

自分の人格とはある種の空想のように見えることがあって、その影に惑わされて気がつけば自分で作り上げた自分の人格を追いかけているだけということがよくありそうな気がします。自分へのこだわり、というもののウエイトが高すぎるんだと思います。自分で作り上げた、自分という人格のメガネだけでものごとを捉えようとしているわけです。そしてそれに甘えて、依存しているうちに、それしか使えなくなってくる。若い頃にそういう固まり方をするのは、勿体ないなと思います。

なにか、日常に安心しているのでしょうね。生きるか死ぬかまで追い詰められれば、あらゆる感性が鋭く表出して、あらゆる角度から物事を捉えはじめ、あらゆる価値判断の中から最適なものを選ぼうとするでしょう。たくさんの目がねを一度にかけて、物事を見ることができるようになるでしょう。そういう追い詰められた感覚が足りないなあと思うんです。

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ゴールデンタイム

テレビのゴールデンタイムって、今ではもう11時くらいなんだそうですね。今までゴールデンと言われていた時間帯、7時代~9時代よりは、11時くらいの方が作り手のこだわりが反映された番組が作られているんだそうです。

昔はゴールデンタイムに食卓やちゃぶ台を囲んで家族でテレビを観て楽しんでいたわけですよね。夕食の時間は今も昔もあんまり変わらないでしょうが、今ではみんな自分の部屋があって、自分の部屋の自分のテレビで好きな番組を観ることができるようになりました。作る側としては、家族で観る時間帯は平均点を求められて、個別に観る時間になると個人の嗜好に重点が置かれ、より一方向に特化された番組づくりを求められる、というのが今の傾向なのでしょう。

昔はその、個人に特化、という感覚がなかったのでしょうね。ひとつのテレビをみんなで観るのが当たり前だったわけですから。そのかわり、ゴールデンタイムの番組を家族中が楽しみにしていたんだと思います。大人も子供もお年よりも、ひとつの同じ番組をものすごく楽しみにしていました。今のファミリー向け番組でもそれは言えると思いますが、その楽しみの度合いは今と昔でものすごく差があるのではないかと思います。

そういう意味で今の7~9時代というのはBGM的な役目になっていると言っていいと思います。流れているとにぎやかで楽しい、けれども家族中が毎週毎週ものすごく楽しみにしている、という番組はあまり作られなくなっているわけです。それには個人向けの11時代という理由に加え、いろいろな規制が増えて昔ほど思い切った番組を流せないという理由などもあるそうです。

そんなことなら食事中ほんとうにBGMでいいじゃないか、音楽を流しながらでいいじゃないか、という考え方もできますが、さて今の時代テレビではなく音楽をお供に食事をしている家庭って、どのくらいあるのでしょう。一度テレビを知ってしまったら、もう戻れないのではないかとさえ思えます。

テレビはすぐ身近にあるとても大きな情報源です。その誕生とともにめざましく進化し、今では生活に欠かせないものになっています。これからどう変化し、発展していくのか、またテレビに変わる何かが登場するのか、楽しみです。

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無功徳

禅語に「無功徳(むくどく)」という言葉があります。善い行いをした報いを功徳といいますが、初めから下心があっての行いでは功徳はありません。下心なく、無心で行ってこそ功徳がある、という言葉が無功徳です。功徳が無い、という意味ではありません。

見返りを求めて善行をしても功徳は得られず、また人に言いふらすようなことをしても、かえって値打ちがなくなります。無心で、何気なく行う、ごく自然に、当然のごとく行ってこそ価値があるということだと思います。

最近、ああしたいな、こうしてみようかな、ということがあれこれと思い浮かぶのですが、行動に移す前から人に言いふらしてしまうことがよくあります。何も実行していないのに、自分はこうしようと思っているんだ、あのことについてはこうあるべきだ、とつい言ってしまうんです。後で考えると、誉めてもらいたいだけなんじゃないかな、と思ってしまうこともあります。そうか、そんなことを考えているのか、すごいね、と。でも実際に何かやったのかというとほとんど何もしていないわけです。

功徳を求めているわけではありませんが、言葉だけでなく行動も伴なっていないと説得力に欠けるなと思います。もしくは黙っていてもやることをやっていればいいのだと思います。理想や信念は実行があってこそ近づけるものだと思います。自然に、自分のなすべきことを実行できるようになりたいです。

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東京に行こうかなと思っています。友達を訪ねるのが目的ですが、香川では触れられない都会の風に触れるのもいいかなと思っています。

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肥える

舌が肥えた、とか耳が肥えた、とかいう言葉はよく使われますが、いいことなんでしょうか悪いことなんでしょうか。程度の高いとされるものについての感覚は養われているけども、程度の低いとされるものには鈍感になってしまう、というような二面性があると思います。

舌が肥えると最上級の肉のおいしさを細かいレベルで判別できる。けれども米ひとつぶをありがたく思う気持ちは薄れているかもしれない。耳が肥えると最高の技術で演奏するオーケストラを十分に堪能できる。けれども近所の子供たちの遊び歌を慈しむ気持ちは薄れているかもしれない。良い悪いは価値観次第ですが、舌、耳だけでなく、あらゆる感覚はいろんな方向に変化すると思います。もちろん変化しない人もいるでしょうけれど。

最近は聴く音楽が変わってきました。以前聞いていたような音楽が嫌いになったり、以前は嫌いだったようなものを好んで聞いたり、耳が肥えたのか衰えたのかはわかりませんが、どんどん感覚が変化しているなと思います。年齢のせいなのか、経験のせいなのか、環境のせいなのかはわかりませんが、自分は変わっていっているんだなあと思うことは別段嫌な感覚ではありませんね。

聴く音楽のジャンルも変わっていきますが、聴き方も変わっているなと感じます。以前までは、曲調とかメロディーが好き嫌いの判断材料として大きく占めていたように思いますが、今はそれにプラスして以前より歌詞を深く読み取ろう、聴き取ろうとするようになりました。想像力を働かせて、歌詞をメロディーに乗せて漂わせてみると、曲の世界がうんと広がり、気持ちよくなれます。同じ曲を聴いても、以前と今とでは違った気分になったりもします。つくづく感覚って変わっていくもんだなあと実感します。これから先の自分は、どんな感覚を持っているんだろうと思うと不思議になります。

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ニュースお届けボランティア

昨日は高瀬町の生きがい対応サービスセンターへ「暮らしのニュースお届け」のボランティアに行ってきました。昨日で4回目になります。昨日の題材は「四国新聞『あの人、この人』より」「高松産ごじまん品の黒大豆焼酎」「血圧を下げピチピチ血管に」の3つでした。

回数を踏むにつれて、だんだんお話のペースをつかめるようになっています。また聞いて下さるみなさんも、いろいろな表情を見せてくれるようになりました。はじめのころはいささかお互いに緊張していましたが、こちらがクスグリを入れると反応して笑ってくれるし、聞き所では一生懸命耳を傾けてくれているのがわかります。笑い顔を見せてくれたり、うなづいてくれているのがわかると、話をしているこちらも安心して、話しやすくなります。

先日からぼんやりとした手ごたえのようなものがあったのですが、やっぱり特に興味のあることは健康についての話題のようで、みなさん血管の話は真剣に聞いておられました。これからも一回にひとつずつくらいは健康の話題を入れれば楽しいのかなと思いました。終わってからもたくさん質問を受けましたが、僕はお医者さんではありませんし、新聞記事に書いてあること以上のことはわかりません。しかしニュースをお伝えしているうちに、僕は何でも知ってる物知り先生みたいに思われるようになっている気もします。雑学程度にでも、健康についての知識を入れておいたほうがいいかもしれません。

30分ほどニュースをお届けして、おやつを一緒にいただきました。いろいろ話していると、近い身内同士が友達だったりと、世間の狭いことに驚かされます。ほんと、おちおち悪いことできませんねー。

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語彙力が足りないなあと感じます。もっと上手い表現があるんだろうなとよくもどかしくなります。まだまだ勉強が足りません。

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誉められる

お茶のお稽古に通い始めて約4ヶ月になります。先生はじめ先輩方の親切な御指導のおかげで、楽しく続けさせてもらっています。毎回とてもいい勉強になります。お稽古に行けない日もよくありますが、なんとかお点前をさせてもらえるようになりました。

今日はご一緒した奥様に「前よりきれいにお点前できるようになってますね」と言われ、とっても嬉しかったです。どんな小さなことでも、誉められると素直に嬉しいです。もちろんおべんちゃらや下心のあるお世辞は嫌いですが、言葉をかけてくれる方も素直な気持ちで言っていただく誉め言葉なら、こちらも素直に嬉しくなります。そういう素直さは大事にしたいです。誉め言葉をいただいても慢心せず、ありがとうございます、もっとがんばりますという気持ちも忘れてはならないと思います。

今日誉めていただいて、真面目にやっていればいいことあるな、と思いました。まだまだ先は長いぞと謙虚に受け止めることも忘れてはいけません。今日だって手順を飛ばしたり忘れたり、たくさん失敗しています。どこまでも精進です。

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ストレス発散(月報より)

現代病とも言われるうつ病ですが、その原因は正確にはわかっていません。様々なストレスがかかった場合に、一時的に抑うつ状態になることは多くの人が経験することですが、ほとんどの場合はしばらくすると抑うつ状態を克服し平常に戻ります。しかしこのストレスが一定以上の強さや期間を超えると、自然治癒力を超えてしまい、うつ病などの症状が発症します。働く人の6割、見方によっては8割がストレスを抱えていると見られており、ストレスはもはや現代社会のいたる所ではびこっています。

ストレスの原因とは一体何なのでしょうか。仕事や学校、家庭での人間関係が上手くいかないことであったり、掲げた目標に到達できないことへの苛立ちであったり、周囲からの期待やプレッシャーであったりと様々で、また複数の要素が絡み合っていることもあり、これという原因を限定してしまうことは難しいかもしれません。しかし多くは自分と他人との関係についての心地悪さであり、周りの人のサポートや自分の心の持ちよう次第では、ある程度軽減できるものも多くあるはずです。

思えば、少しでも快適な生活を得るために仕事や勉強に精を出すはずが、社会が物質的に豊かになるにつれてストレスが増えるというのも皮肉な話です。翻って見れば、一人ひとりが他人のことを気遣う気持ちを少しずつでも持つことができれば、そして高望みをするのではなく「足るを知る」という気持ちを持つことができれば、今得ている物質的な豊かさをもっと心地よく享受できるはずです。

しかし、そうとわかっていても、その少しずづを実行することはなかなか難しいものです。ましてや自分ひとりだけが実行したところでさほどの効果はなく、大勢が実行してはじめて社会のありように反映されるというジレンマがありますから、どうしても腰が重くなります。しかし、周りが動いてからというのではなく、まず自分から進んで動く勇気を持たねばなりません。そして実際に実行してみることが大切です。

はたして、物質的豊かさと精神的豊かさの両立はできるのでしょうか。それが「心の時代」といわれる21世紀を生きる人々の課題です。

スペインでは経済に一気に大きな力を注いだためモラルが大きく低下した、という話があります。92年のバルセロナオリンピックを迎えるにあたって、スペインではバルセロナをはじめ都市部の整備を行いました。きれいな街、きれいな人を目指して、道や建物を整備し、街の人々にも公共マナーを守るようを訴えました。

それまではバルセロナの道にはたくさんのゴミや犬の糞などが捨てられていましたが、それらの行為も禁止されました。街にゴミを捨てる人はいなくなりましたが、それまでゴミの清掃を仕事にして生計を立てていた人たちはたちまち路頭に迷いました。

また五輪以前は夜の公園などで酒によって寝ている人も多く見られましたが、そういったことに対しても厳しく取り締まられるようになりました。公園で寝る人はほとんどいなくなりましたが、しかしたまに寝ている人がいると、財布などを盗まれたりするような被害が多発しました。それまではスリなど滅多にいなかったのに、スリをする人が増えてしまったのでした。

そして何より物価が高くなり、仕事や勉強に対しておおらかだった人々が、それらに追われる生活を送るようになりました。上っ面の美しさの裏に追いやられた、いくつもの汚れた部分があります。しかしよく見ればその汚れと美徳とは微妙な関係にあるということも言えます。こういったスペインのような、経済効果の獲得と引き換えに人情味を失ってしまうという形に、日本の姿もまったく当てはめることができるでしょう。

たしかに路上にゴミを捨てることはよくありませんし、夜の公園で寝ることも見苦しいことです。しかし何から何まで美しく、というのもそれはそれで難しいことで、無理に押し付けるとどこかで反動が返ってきます。もちろんあまり度を過ぎてはいけませんが、人間たまには少しくらい悪い事だってしたいし、汚いものも見たいわけです。それを100%禁止してしまうのは、実は簡単なことなのかもしれません。しかしそれは無視や無関心にもつながります。あるときは叱り、あるときは見逃し、そういった面倒を請け負うのもまた思いやりなのかもしれません。

(月報「石鎚」より)

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