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2007年11月の記事

あるべき姿

先日もフラメンコのライブについて書きましたが、観ていて不思議で仕方がなかったのは、どうしてこの形にたどり着いたのだろう、というところでした。初めて生のラテンミュージックの演奏を聴いたのですが、ほんとうに鳥肌が立つような感覚を憶えました。素人にも聴きやすい構成にしてくれていたので、それが純粋なフラメンコではなかったのかもしれませんが、けれども一つのかたちであったと思います。

ちょっとわかりにくいかもしれませんが、現在の場所になぜフラメンコはたどり着いて、そしてなぜキッチリと感動させてくれたんだろう、そのことがすごいなって思うんです。ギターひとつを取っても、僕を感動させているこの楽器は、今はこういう形に収まってしっかりと感動を与えているけれども、そこにたどり着くまでにいろんなドラマがあったんだろうな、って思うと気持ちが大きくなります。弦の数も変わっていったんだろうし、ボディーの形や大きさや素材も紆余曲折があって、でも最高の形で今に伝わっているんだなと思うんです。

歌や踊りや他の楽器、そしてフラメンコという一つのジャンルもそうで、全てが長い年月をかけていろんなドラマを経て、そして数え切れない人たちに磨き上げられ、最終形として今目の前で演奏されている、そう思うとすごい体験をしているんだなと感じます。そして、今の形に至ったのは、偶然ではなく、必然なんだろうなと思うんです。ミケランジェロでしたっけ、「石を彫るんじゃない、石の中にはじめからふさわしい形が存在していて、私はそれをあるべき形にするだけだ」というのがありますよね。そういうものなのかなって思いました。

フラメンコの起源やジプシーのことを調べていると面白いことがいっぱいです。フラメンコを伝え、磨いてきたジプシーたちもきっとミケランジェロと同じような気持ちで、あるべき音楽をあるべき形に表現してきたんじゃないかなあ。

ミケランジェロで合ってましたっけ。

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パソコンデスクの椅子が壊れそうです。新しいのを買おうかなあ。

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会話で呼吸をしています

高瀬町環境センターにて暮らしのニュースお届けの日でした。今日のお題は「高松駅110周年」「定年後の生きがい」「タクシー値上げ認可」の3つでした。いつも女の人だけなんですが、今日はおじいさんが来てくれていたなあ。

回を重ねるごとにみなさんリラックスして聞いてくれているように思います。ありがたいことです。話し手のこちらと、聞き手のみなさんの距離がだんだん近くなっているのがわかります。始める前に、今日はこれとこれについてお話しますよという簡単なプリントを配るのですが、配っているときから「へーこんなことがあったんか」「これはどういうことかなあ」と、プリントの内容についてあちこちで話をしてくれているのが聞こえてきます。みなさん積極的に聞いて下さって、すごく話しやすいです。

ここで笑ってほしいな、と思って投げかけると笑ってもらえるし、みなさんはどうですか、と問いかけると誰ともなく答えてくれます。話し手と聞き手の間で、上手く呼吸ができるようになってきたなと感じます。話すこちらも、どういう感覚でお話すればいいのかを模索していますし、聞いて下さるみなさんも、どういう感覚で聞けばいいのかを模索しています。それが回を重ねるごとに、少しずつお互いに何かを掴めてきたんでしょう。

まだまだ話もへたくそなので、もっと進歩しないといけませんが、一歩ずつ前に進んでいるなと思えるので嬉しいんです。もうちょっと前に進めたら、また次のステップに行きたいなあ。今は自分の中だけで完結していますが、もっと広い範囲に響いていけるように持っていきたいと思っています。それにはまだまだ地道な経験を重ねなければ。何事も、機が熟すまで焦ってはいかんのです。

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泣かない方法や、相手と喧嘩しない方法を教えてもらいました。けどなかなかできませんねえ。

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金魚・1勝1敗

今日は身体障害者さんとおしゃべりしてきました。はじめにHさんという女性、次にSさんという男性と、それぞれ約1時間ずつお話しました。

Hさんのお部屋に入ると、まず水槽が目に入りました。先月うかがったときに「次に来るときには金魚がいますよ」と言っていたのですが、今日行ってみるとホントにいました。3センチくらいの、ちいさい金魚が3匹、ふわふわと泳いでいました。金魚らしい赤い色のが1匹と、白っぽい変わった色のが2匹いました。毎朝エサをあげるそうで、朝になると水面に上がってきて3匹でソワソワしているそうです。金魚の話や趣味の話、芸能人の話などしていたら、あっという間に時間がきてしまいました。

Sさんとは前回のようにオセロをしました。今日は1勝1敗でした。通算で僕の2勝3敗1分です。Sさん、ほんとに強くって、勝負したあとは頭の使いすぎでクラクラします。勝ち越せるように頑張らねば。オセロって白・黒の2つしかない単純なものですが、単純すぎてかえって奥深いように思えます。Sさんとの1試合ごとに、毎回いろんなドラマが繰り広げられているんです。

みなさんとは月1回程度しかお会いできませんし、1時間という短い時間です。その限られた時間で一体どれほどの意義を持てているとも思いませんが、少しずつでもいいので積み重ねていきたいと思います。継続することと、いつも工夫をして留まらないこと、いつも何かを得ることを心がけたいです。

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哀しくて情熱的

昨日は松山でフラメンコのライブがあるとお誘いをいただいて、観てきました。フラメンコなんて今まで見たことがなかったし、漠然と踊りだけを想像していたのですが、始まってみるとバンドが主体でその中の何曲かに踊りが入る、という形式でした。曲もどうやらルンバ調にアレンジされたものなどがたくさん織り込まれていたらしく、すごく聴きやすいものでした。

といってもラテン音楽で、情熱的でした。スパニッシュギターを中心にドラム、ベース、パーカッション、そして演奏者の手拍子があって、その上にボーカルが乗ります。演奏を生で初めてみましたが、ギターの弾き方、ドラムのリズムの取り方などが独特で、心拍数がどんどん高められるんです。ザクザクと小気味よくリズムが刻まれて、落ち着く暇を与えてくれません。落ち着いて聴こうと思っても許してくれないというか、どんどん迫ってくる感じです。「血が騒ぐ」っていう表現がまさにピッタリですね。

ラテン音楽といえば枕詞のように「情熱的」といわれますが、単にパワフルというだけではなく、むしろ切なさをふんだんに含んでいると思うんです。疾走感のある曲も、メロディーラインは切ないものじゃないでしょうか。

コードのこととかもよくは知らないんですが、どこか哀しいメロディーが表されているように思います。熱い太陽があるんだけれども、そこには必ず濃い影がある、というような感じでしょうか。ただ元気いっぱいというんじゃなくて、哀しさをも巻き込んだ「情熱」なんですよきっと。哀しさを、畳み掛けるような演奏で絶え間なく刻み込まれると、どんどん体が熱くなります。不思議なことです。

ライブが終わって、フラメンコの踊り子の方とお話ができて、ご親切にいろいろと教えて下さいました。フラメンコやジプシーの歴史です。今の形にたどりつくまですごく長い年月があったんですね。調べてみると興味深いことがたくさん見つかりそうだったので、これからゆっくり取り掛かりたいです。しばらくラテン音楽を追いかけることになると思います。

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フラメンコとラテンのライブを聴いてきました。情熱的でしたー。

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石鎚山は紅葉狩りの人々でにぎやかでした。天気が良かったので頂上まで登りたかったー。

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ホルモン焼きを食べました。種類がたくさんあって覚えられません。

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なまということ

県民ホールでは昨日、中島みゆきさんの全国ツアー香川公演が行われていました。すごく行きたかったんですが、知ったときにはチケットが売り切れていました。残念です。これからはそんなことがないように、中島みゆきさんに関する情報は追いかけていこうと思います。どんなコンサートだったんだろう。

じつはコンサートの類ってあまり行ったことがないんです。学生時代に友達のライブに行ったりということはよくありましたが、前売券を買って、好きな有名人のコンサートを見に行くという経験は全くないと言っていいと思います。スポーツ観戦とかミュージカルは少しありますが、歌手となると無いですね。

でもやっぱり生がいいんだろうなと思います。普段はほとんどオーディオから音源を聴いていることになりますが、生演奏とは別ものですよね。普段圧倒的にCDを聴くことが多いので、そのCDの中の演奏が最終形というか、正しい形であるように捉えてしまいがちですが、そういうわけではないと思います。CDなんかはあくまでも手元で扱いやすくしたひとつの形であって、音楽などにコレという決まった形はないと思います。

録音できるようになったのも、長い歴史で見ればほんの最近のことで、それまでは音楽とは100%生演奏だったわけです。全く同じに聴くことができるだなんて、元来ありえないことだったわけですよねえ。演奏するごとに、歌うごとに、いつも新しいものだと言ってもいいと思います。CDももはや生活に欠かせないものですが、やっぱり生が一番ですよね。

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夜目は鍛えられるのか

明るい部屋の灯りを消すと、暗闇に目が慣れるのに時間がかかります。こういうのを暗順応といいます。暗闇の部屋に灯りを点けると、明るさに目が慣れるのに時間がかかります。明順応といいます。

明順応より暗順応の方が時間がかかるように思えますが、これは人間が夜行性でないからでしょう。基本的に明るい時間に行動するように体ができてるんでしょうね。程度にもよるでしょうが、突然明るくなるときより、突然暗くなったときの方が、慣れるまで時間がかかるように思います。夜行性の動物なんかはきっと逆なんじゃないですかねえ。はっきり調べたわけではないですが。

こういうのって鍛えることはできるんでしょうか?例えば動体視力は鍛えられるものですよね。飛行機のパイロットさんが、常日頃から動体視力を養うトレーニングをしている、と話しているのを聞いたことがあります。飛行機の危険回避で重要なのは、最後には機械でなく人の感覚なんだそうです。どんな練習をしているのかというと、電車に乗っているときなど、何でも動くものを目で追うんだそうです。とにかく、視界の中を素早く動くものを目で追う、という行動を重ねることがトレーニングになるんだそうです。野球の練習にも、素早く動くものを目で追うというトレーニングがありますよね。

そんなふうにして、暗さや明るさに慣れることってできるのかなあ。特に暗順応って、けっこう長い時間がかかるなあって感じるんです。なんだか損してる気分になるくらい。もっと早く目が慣れたら、灯りを消してもすぐに動き出せるのに、時間がかかるから灯りを消してもなかなか動けないですよね。

あと、危険にも対応できませんよね。侵入者が電源をカットして突然暗くなって、そのとたんに襲われでもしたら、目が慣れていないと全く対応できません。パニックになってしまって、なされるがままですよ。鍛えられないもんかなあ。でも灯りをチカチカと点けたり消したりしていると、目が悪くなりそうですね。

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交通の曖昧なところ

今日はお年寄りへの暮らしのニュースお届けの日でした。今日の話題は故郷に10億円を寄付した88歳の女性のこと、犬の白内障のこと、101歳で世界一周した教育学者の男性のこと、でした。10億円の話が一番盛り上がりましたね。

30分ほどニュースをお届けしたあと、お茶とお菓子をいただきながら雑談の輪に加わりました。10億円の話や犬の話の続きをしながら、あちこちに話が広がっていきます。そうしているうち、交通事故の話になりました。

高瀬町から詫間町へ抜ける道があります。高瀬郵便局の前の道で、高瀬-詫間の交通には大抵の人がこの道を使うかと思われます。その道での事故が多いんですって。今日の雑談の輪の中にいたおばあさんの身内の方も、その道で事故に遭われたそうですし、また別のおばあさんのお知り合いも事故に遭われたことがあるそうです。僕もそういう話を何件か聞いたことがありますし、ちょうど今日だって、郵便局の近くで事故があったようで、その横を車で通り抜けたところでした。

香川県は全国的に見ても交通マナーがとても悪いと言われています。僕は一度国交相のホームページで資料を見たことがあるんですが、「免許所持者○万人あたり」とか「車両一台あたり」とかの事故発生数は、過去何年も常に上位にいるという不名誉なデータが出ていました。大抵1位か2位であったように記憶しています。実際事故をよく見かけます。

運転していて、「危ない!」とヒヤリとするような状況に出会うということは少ないと思います。多いなと思うのは「自分本位だな」というものでしょうか。法律違反ではないけれど、マナー違反だろうというようなものですとか、ぜんぜん周りのことを気にしていないなというようなものですとか。事故に直結するような暴走ではないのですが、なにかのはずみで間違いが起こって、事故につながるんだと思います。

車間距離に法的な制限はありません。対面車線での右折のタイミングにも規定はありません。そのあたりはすごく曖昧なものですが、それでも快適な交通と不快な交通という差は生まれてくる部分だと思います。そういう曖昧なところでのボタンの掛け違いで、たくさん事故が起こっているんじゃないかなと思います。僕も気をつけよう。

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芸術的な~

スポーツの実況などで「芸術的な~」という表現が使われているのをよく耳にします。「芸術的なフリーキック」「芸術的なバッティング」などです。よく耳にするので自然と頭の中に収まるのですが、でも考えてみるといったいどういう意味なんでしょう。

そもそも「芸術」という言葉が曖昧なのに、それに「的」をつけてしまうことで余計にぼやけてしまいます。でも言いたいことはわかるんです。あざやかに弧を描いてゴール隅に突き刺さるフリーキックや、難しいコースの投球を絶妙なバットコントロールで打ち返す様子などを、「芸術的」と評すんだと思います。見ている方も「ああ芸術的だなあ」と感じるているのですが、「どういうところが芸術的なのか?」と聞かれるとちょっと戸惑います。

「芸術的」って、何を基準にしての表現なんでしょう。強烈な弾丸のようなシュートをあまり芸術的とは思いませんし、ど真ん中の直球を力いっぱい場外ホームランにしている様子も芸術的という感じではないように思います。「力強さ」に対しては、「芸術的」とは感じにくいのかもしれません。

「その軌道からそんなに曲がって入るのか」「そのコースをそんな風にさばくだなんて」という、常識外れな裏切りのようなものも、芸術的ということのひとつの要素なのかなと思います。また、猛スピードであるよりも、少し落ち着いた速度の、はかなさを感じるようなものも、ひとつの要素でしょうか。それら「芸術的な」シーンを見て、ある程度の人数が共感できるわけですから、なんらかの共通項というか、法則みたいなものがあるのかもしれません。

「芸術的な」という表現は、なにもスポーツだけに使われるものではなく、いろんな場面で用いられているようです。試しにネットで検索してみると、「芸術的な盛り付け」などもあれば「芸術的な犬」なんていうのもありました。「芸術的な犬」ってどんな犬で、どういうところが芸術的なんだろう。おヒマな方は「芸術的な~」を探してみてください。

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夏の暑さは好きですが、冬の寒さは苦手です。じわじわ寒くなってきますねー。

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ダリアの花言葉

境内の椿の中に、たくさん花芽をつけている木を見つけました。昨年はそんなにたくさん咲いたような記憶はありませんが、今年は見ごたえがありそうです。知っている花の種類と言えば、あんまり多くはありませんが、そんな中でも椿は好きです。

あと好きな花といえばダリアですね。冬は椿、夏はダリアです。椿、ダリアと並べてみると、どうも僕は大きな花が好きなようです。輪郭がしっかりしていて、肉厚な花がどうやら好きみたいですね。クッキリ、どっしりしていて、一輪だけもすごく存在感のある花です。

こういうのにも性格って出ているものなんでしょうか。どっちかというと控えめな性格だと自認しているんですが、椿とかダリアとかのイメージは控えめとは程遠いような気がします。ちなみにダリアの花言葉を調べてみると「華麗、優雅、威厳」などだそうです。椿は日本原産なので花言葉はないんでしょうね。花言葉って英国の貴婦人なんかの遊びから始まったものだそうですね。

華麗、優雅、威厳、というのは、やはり自分にはあまり当てはまらないと思います。ですから、自分が持っていないそういうものに憧れているんでしょうかね。持たないものだからこそ惹きつけられてしまうんでしょう。来年はダリアをたくさん植えてみようかと思っています。椿も綺麗に咲いて欲しいと思います。

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お金を集める

今日は身体障害者の方とお話してきました。先日も一度お話したことのあるNさんという男性で、午後から1時間、いろんなお話をしました。とっても物知りな方で、いろんなことを細かいところまで教えてくれます。今日はNさんの小さい頃の趣味は何だったかというようなところから、コイン収集についていろいろと教えてくれました。

日本では年ごとに新しいお金が発行されますが、発行される枚数は年によってかなり幅があるんだそうですね。その時その時の貨幣の流通の都合があるのでしょう。例えば昭和62年の100円玉は貴重で、収集家の間では千何百円かで取引されているのだとか。昭和64年は一週間しかなかったんですが、その64年よりも62年の方が発行枚数が少なかったんだそうです。

あと、500円玉って昭和57年にはじめて作られたんですってね。知りませんでした。僕は56年生まれなんですが、生まれた時にはまだ500円玉ってなかったのか。もっと前からあると思ってました。他にもどんな記念硬貨が値打ちが高いかだとか、お札や硬貨にまつわる話を聞かせてくれました。いろいろあるもんですね。

今のお札は福沢諭吉、樋口一葉、紫式部、野口英世ですが、その前は新渡戸稲造がいたり夏目漱石がいたりしました。その前になると伊藤博文や板垣退助なんかもいたわけです。中でも「お札」といえばやはり聖徳太子さんでしょう。過去、一万円以外にも何種類かのお札に印刷されています。

なんであんなに聖徳太子ばかり登場したんでしょう。そして、近近代の偉人が多い中、なぜ奈良時代の聖徳太子は選ばれたのでしょう。今の紫式部もそうですが。江戸期や室町期の人ってなぜいないんでしょうか。武家政権だからかなあ。大久保彦左衛門の壱万円札とか、楠正成の五千円札とか、使うのはなんだか怖いですね。織田信長の千円札とか。Nさんは、いろいろ考えさせてくれます。

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家の中と外とでは

なんでもないただの道を歩いていました。田舎道ですが舗装された道です。道の上でなにか小さいものが動いているなと思ったら、ゴキブリでした。黒光りしているので、はじめはクワガタかなと思ったんですが、少し近づくとどう見てもゴキブリでした。

「あ、ゴキブリだ」と思って素通りしましたが、これが家の中だったらどうだろうと思いました。「あ、ゴキブリだ」のニュアンスも全然違うと思うんです。「あ、ゴキブリだ」の後に「やっつけねば」などが加わりそうですが、道端では素通りです。そんなに苦手とか怖いとかいうことはありませんが、それでも家の中で遭遇すると一瞬身構えますし、どうにかせねばと多少焦ります。

家の中と外とでは、同じものに出会っても受け取り方がまるで違うんだなと思いました。家の中では、外に居るときに比べて異物に対して過敏になるようです。年に一度あるかないかのことですが、ヤモリが家の中に入ってきてしまうことがあります。家の中でヤモリに出会ったときはびっくりしてしまいますし、ホウキで追い回したりしてたいへんです。外で出会う分には平気なんです。同じゴキブリ、同じヤモリなのに不思議ですが、それだけ家の中という場所は安心し切れるもので、異物は極力受け容れたくないのでしょう。

いくらウサギやインコがかわいいといったって、家の中で突然遭遇したら驚いてしまいますし、追い払いたくなると思います。でも外で出会うと素直にかわいいと思えるわけです。同じ生き物なのに。「家の中での拒絶」の根本って、「自分の領域に無断で入るな」という人間の生理的なものなのか、それとも「面倒を見ることもできないし、暴れられると困るし・・・」という理性的なものなのか、またはどちらもなんでしょうか。

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うどん屋さん

生家のすぐ近くにうどん屋さんがあります。うどんはあんまりおいしくないんですが、一品料理も出していて、深夜まで営業しているので一杯飲みのお客さんがついています。僕が小学生のときくらいからあるような気がしますが、できて何年になるのかはよく知りません。

酒が飲めるようになってからたまに友達と飲みに行くことがあります。一人でも何度か行ったことがあります。昭和歌謡こそ流れていませんが、テレビをBGMにした、座敷に二卓とカウンター数席の小さな店です。ビールも勝手に冷蔵庫から出して自分で栓を開け、おでんなんかもセルフです。一品料理の味は庶民的で、飛び上がるほど美味いということはなくても、いい酒のアテになります。皿やイスもおそらく開店当時から使っていて、いい味が出ています。

このごろは大将一人で切り盛りしているようです。僕が子供の頃からと考えると、もう20年も店を続けていて、それなりにお客もついて、生計を立てているんだから大したもんだと思います。小さな店を自分の責任の下に一人で仕切って、またここに来ようという気持ちにさせることってすごいと思います。それ以上に取り得がなかったとしても、そこまでがなかなか難しくって、誰にでもできることじゃなさそうです。

酒や料理のことを勉強して勉強して、店構えも今風にオシャレにして、いざオープンしてもすぐに畳んでしまう店もいくらでもあるのに。たとえ小さくって古い店で、味もサービスもまずまずだったとしても、長く続けていけることが何よりの実力なんじゃないでしょうか。

たかがうどん屋、たかが一杯飲み屋と、世間の地位としては高いほうではないとされるのかもしれませんが、お金や権力やいろんなものを振りかざして大そうなものを積み上げて、かと思えばいつの間にか失敗してたくさんのものを失っている人もあるのでしょう。どっちが偉いとか、位が高いかとか、そういうのって微妙だと思うんですがねえ。

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今日は気温も低く崩れがちなお天気でした。葉っぱもようやく色づいてきましたかね。

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最近、夜遅くに何か食べることが多くなった気がします。気をつけよう。

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街は生き物

昨日は一日フリーでした。友達の仕事の都合がついたので、以前からずっと行きたかった天満の寄席に落語を聞きに行こうということになりました。ですが、行ってみると満席で立ち見になるというのでやめにしました。すごい人気みたいです。もっと早くから入場券を買っておいたほうがいいみたい。

当初の目的だった寄席がなくなり、他に特別な用もなかったので、大阪の街をぶらぶらすることにしました。とりあえず難波まで下って、あてもなくぶあぶらすることにしました。どこかに行くとき、何か目的があることがほとんどですが、目的もなくただ歩くというのも案外得るものがあるんじゃないかということで、ほんとうにその時その時の思いつきで路地を曲がり、適当な店に入っては冷やかしました。

どこへ向かうわけでもなく、何を急ぐわけでもなく、ただ足の向くままに歩いていると、何度も通ったことのある道でさえ、それまで気がつかなかったいろんな発見があり、違った目線で歩くことができました。家具や椅子の修理屋が並ぶ一角があったり、生鮮品が集まる商店街に鳥屋があって羽が飛び散っていたり、現代的でおしゃれなお店の通りをひとつ曲がると、昭和の残り香ががぷんぷんするような古びたビルが浮かんでいたり。その建物ごとに、店ごとに、それぞれのお客が出入りしています。それらたくさんの建物、人、空や道が混じり合って、街角ごとに色彩を表しています。色がありました。

高級車に乗って、高層ビルのオフィスを構える人が、高級マンションの一室で飲む一杯ウン万円のグラスワイン。道端で這いつくばってその日その日を暮らす人の、夕方のひと時の安い安いワンカップ。どっちがおいしいんだろうなあ。まあどっちもおいしいんでしょうね。

ぶらぶらしていてあらためて思ったのは、いろんな人がいて、いろんなことをしているなあということです。あまりに当たり前すぎて日ごろはなんとも思いませんが、みんなどこかへ向かって生きているんだなということが感じられました。街は、いろんなものを乗せて日々動いている、ひとつの生き物みたいです。

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佐野教会の月並祭などのため、週明けまで大阪にいます。

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久しぶりにうなぎを食べました。好きなんですよねー。

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誰がお香に火をつけたのか

お香は伽羅、白檀、沈香などの香木から作られます。その起源をさかのぼると約3000年前のメソポタミアにまで行き着くそうです。しかし一体誰がなぜ香木に火をつけようとしたんでしょうね。世界で最初に焚かれたお香って、どんないきさつがあったんでしょうか。

いいにおいがする木、というのは見つかっていたと思うんです。でもなんで火をつけようということになったんでしょう。たぶん火をつけるようになるまでは、部屋の片隅だとか宗教施設の祭壇などに、香木が木片のかたちで置かれてあったんじゃないかと思うんです。けれど、ある日誰かが火をつけようと言い出したのでしょう。それはきっと、煙に乗せれば木片のまま置いておくより匂いが広がりやすいことに気がついたからでしょう。広い場所にいきわたりやすいとか、一度に多くの人にかいでもらえるとかいう利点がありますよね。あくまで勝手な想像ですけど。

でも燃やしたら香木はなくなってしまいます。木片のままだと、ある程度長い期間いいにおいがしているでしょうけど。そのあたりの勿体無さのようなもの、燃やして無くしてしまうことの惜しさみたいなものも相当あったんじゃないでしょうか。燃やしたい、けど燃やしたらなくなってしまう、というジレンマです。だから重宝されて、仏教をはじめ宗教行事には欠かせないものになり得たのではないかと思います。

貴重だから、という価値観はさておき、やっぱりお香の香りというものは人の心を惹きつけるものだったんですね。いい香りなんです。宗教行事に使うから、という理由だけでは、何千年も経った今まで伝わっていないでしょう。しかしやっぱり考えてみると、お香って火をつけて燃やすからいい、って思えます。ただ置いといていいにおいがするだけだったら、それもまた今のような伝わり方、流行の仕方をしていたかどうかわからないなあと思います。火をともすからこそよくって、「あの匂いのする煙」がよくって、燃えてなくなっていくのもまた儚くていいです。タバコもそうですが、最初に火をつけようとした人のアイデアはすごいです。どんなきっかけだったかは知りませんが。でも何千年も伝わってるんですからね。

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今度、鴨撃ちに連れて行っていただけることになりました。鴨を撃って、鴨鍋にするんだそうです。滅多に経験できないことなので、とても楽しみです。

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バベル3回目

「バベル」のDVDを借りて観ました。映画館で2回観て、これで3回目です。サントラのCDも持っています。日本、アメリカ、モロッコ、メキシコと、全く別の離れた地域の人たちそれぞれのドラマが、一発の銃弾でつなげられます。映像も音楽も、人間臭さ、人間の儚さと美しさが描き出されていて、好きです。

一発の銃弾が観光バスの乗客に命中し、物語は進んでいきます。そこから様々な人同士のつながりが浮かび上がっていきます。撃たれた観光客、撃った側、観光客の家族、銃のもと保有者・・・と登場人物が一本の糸でつながっていきます。

もし、弾丸がその観光客ではなく、バスのひとつ後ろに座っていた人に命中していたなら、全く別の「バベル」が描かれていたはずです。その人にも故郷があって、家族があって友人がいるわけです。撃たれたのがひとつ前の席の人ならば、それもまたその人をめぐる「バベル」があったはずです。

もし撃たれたのが僕だったら、僕をめぐる物語があるはずです。撃たれたなら、と考えるのは物騒だし実感が湧かないので横に置いておくとしても、僕をめぐる物語は常に巻き起こっていて、現在進行形です。僕が発した言葉が、誰かに影響して、その誰かがまた他の誰かに影響を与えて、そうやって人の輪はつながっています。

僕が今日買い物をして払った1000円札で、明日誰かがうどんを食べるかもしれないし、そのうどん代が、明後日万馬券を当てるかもしれませんし。万馬券を当てたその人は車を買うかもしれない。その車を売ったセールスマンはその一台のおかげでノルマを達成できてギリギリ減給にならずに済んだかもしれない。そのセールスマンは僕の友人かもしれません。けど、僕も友人も1000円札のことなんて気にもしてませんし知りようもないですよね。

自分のしたこと、他人のしたことが、どこでどうやってつながっているのかってホントにわかりません。考えたとおりに、狙いどおりにいくこと、計画をたててその通りにいくことも確かにあるし、先のことを考えておくことはとても大事なことだと思います。けれど、偶然とか、日ごろ意識しない無数のつながりのようなものが与える影響も、すごく大きいんじゃないかと思います。世の中、何がどうつながっていて、何が自分に関係してくるのか、想像がつきません。さて、明日は誰に会って、何が起こって、それからどうなるのでしょう。

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歯のこと

歯医者さんとお話しました。先生は幼稚園にも検診に行かれるのですが、このごろは少子化で子供が減って寂しいというようなことを言われていました。そんなところから、子供の歯って昔と今とでは何か違うのかな、と思って、尋ねてみました。

歯自体は大して変わらないんだそうです。むしろ近頃はオーラルケアだとか虫歯予防とかへの意識が高いので、虫歯などは少なくなっているそうです。けれども、歯並びの悪い子供が増えてきたんですって。というのも、骨が弱くって小さいから、歯が骨格に納まりにくくなっているとのことです。

生えてくる歯の本数とか大きさというものは今も昔も差はありません。だから、アゴや口の骨が小さいと、歯が生えるための面積が相対的に狭くなります。採れる大根の数と大きさは同じなのに、畑の面積に差があるという感覚です。畑の面積が小さいと、大根がせめぎ合うんですね。

虫歯が昔より減っているのは喜ばしいことだけれど、骨格とか歯並びもとても大事だと思います。ハミガキやガムのCMなどで「歯をきれいにしよう」というような言葉をよく見かけたり、「口臭はいやだ」というようなことが世間話によく出てきたりすることで、歯をきれいにすることへの意識は高まっているようですが、骨格はさほどではないような気がします。歯並びも気になりますし、それも含めて骨格ももちろん大事なことはわかっているけど、歯自体をきれいにすることほど高い意識は広まっていないように思います。

肝要なのは硬いものを噛むことです。だれでも知ってるんですが、なかなかそれができないんです。歯並びとか骨格の話をしていて、あんまり硬いものを食べないなと改めて気がつきます。「虫歯や口臭がいやだからきちんと歯を磨こう」と思うことはしょっちゅうあっても、「アゴが弱まるから硬いものを食べよう」とは普段あまり思わないです。効果もわかりにくいですし、口元が小さいほうが見た目もいい、というようなイメージも少しあるのかもしれません。でも実はとても大事なことなんですよね。

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初めてのお茶会

「たかせ町民文化祭2007」のお茶会に参加しました。はじめてのお茶会です。前日に準備をお手伝いして、当日は主にお運びの仕事をしました。お茶会はお客さんとしての参加も経験がなく、教室とは違う大きな部屋での茶席というものの雰囲気がなかなかそうぞうできませんでした。ましてや水屋のある裏方の様子など全くわかりませんでしたが、おごそかな茶席の裏側は準備や片付けであわただしいものでした。

たくさんの方が文化祭のお茶席にいらっしゃいました。その方たちが飲むお茶というのはほとんどが一杯もしくは二杯です。その一杯のお茶のために大勢の裏方が手間をかけ、準備をします。亭主である先生はお道具やお抹茶をそろえ、床の間を飾り、正客をはじめお客様に心から礼をつくします。お点前をされる方は、当日はもちろん、その日のために練習を重ね、その日の一杯のために精一杯励みます。たった一杯に、たくさんの人の思いや心が詰め込まれているんです。

そうまでしてお出しする一杯のお抹茶、おもてなしって何なのでしょう。その一杯をいただく前と後では、何らかの変化を期待したいですよね。おもてなしの詰まったお茶をいただくことで、何かを感じてもらって、それを持ち帰っていただきたいですよね。文化祭ということで、大勢の方をお招きするわけですが、ただ伝統文化を伝えるということ以上に、心のやすらぎのようなものをお届けできなければならないんだろうと思います。味覚だけでなく心にもおいしいお茶を飲んでいただく場なのだなと、感じました。

そんな、初めてのお茶会でした。まだお稽古を始めて日が浅いですが、いつかお点前もさせていただけるように、お稽古に励みたいと思います。生涯お稽古、と言いますが、得るべきものがたくさんありますので、少しずつ少しずつ体得していきたいです。今日はいい勉強をさせていただきました。

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プロ野球が終わって寂しいですが、まだアジアシリーズや五輪予選などがあると思うと嬉しいです。良い成績を残してもらいたいですね。

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紅葉と人(月報より)

木々が色づく季節です。秋に葉が色づくことを一般的には「紅葉」と呼んでいますが、厳密には赤色に変わるのを「紅葉(こうよう)」、黄色に変わるのを「黄葉(おうよう)」、褐色に変わるのを「褐葉(かつよう)」といいます。時期が同じために「紅葉」とまとめて呼ぶことが多くなっています。紅葉のメカニズムは、葉に含まれている成分と気温や紫外線が関係していることがわかっています。

「どのようにして色が変わるのか」ということはわかっているわけですが、では「何のために色が変わるのか」ということはわかっていないのだそうです。「枯れて落葉するため」ならば、一般的な紅葉ほど長い期間にわたって変色する必要はないはずです。春や夏に枯れる葉のように、緑から枯葉の茶色にすんなりと変わってもいいはずですが、秋の葉は緑と枯葉の茶色の間に、人の心を惹きつけてやまない赤や黄や褐色の姿を見せてくれます。

春の桜もそうですが、秋の紅葉もまた季節の楽しみのひとつとして、人々にその到来を毎年待ち望まれます。「桜前線」のように、「紅葉前線」の動きも、巷の挨拶や旅行計画など、あらゆる話題に上り、人々の共通の指標となってコミュニケーションを弾ませます。「今年は色づくのが遅いですね」とか「どこそこの紅葉は素晴らしいそうだけど、一度行ってみたいなあ」というように、木々の葉が色づくということが人と人との間で大きな意味を持ってきます。緑からすぐに枯葉の色に変わってしまうだけならば、ここまで人の間を行きかうことはないでしょう。「何のために色が変わるのか」はわからなくても、ただ色が変わるだけでいいんですね。「秋が来た」とみんなで思える、それだけのことですが、それが嬉しいんです。

日本では、紅葉を愛でる習慣は平安期の風流がはじまりとされ、特に京都では多くの落葉樹が植樹されており、紅葉狩りの観光客でたいへんにぎわいます。

紅葉の時期は、今夏の暑さの影響で例年より遅くなっているそうです。石鎚山では、10月末の時点での紅葉の見頃は成就社付近まで降りてきています。頂上までの登山道をはじめ、ロープウェイのある西之川地区、面河渓、土小屋方面など、石鎚山のいたるところで見事な紅葉を見ることができます。夏のお山開きに並び、秋の行楽シーズンもお山にたくさんの人が訪れる時期です。

紅葉が始まる少し前には各地で秋祭りが行われます。刈り入れが終わり、五穀豊穣を神に報告し、感謝し、来年の豊作を願うものです。秋祭りが終わると、標高の高いところから紅葉がはじまり、次第に里に降りてきます。古来より山は信仰の対象として崇められてきました。石鎚山も神仏のましますお山とされてきました。その神仏の山が、秋祭りで盛大に祈りを捧げたあと、それに応えるように緑から赤に装いを変えれば、人々はどのように感じたでしょう。石鎚の頂上から次第に紅葉が降りてくるのを見て、きっと、石鎚のお山の神様仏様が願いを聞いてくださった証だというふうに受け止めたのではないでしょうか。

秋祭りと紅葉、今では切り離されてとらえられているものです。秋祭りは神または仏、あるいは神仏への働きかけで、紅葉は自然へのはたらきかけです。しかし、神仏と自然とを結び付けて捉えると、その二つにはつながりができてきます。収穫が終わり、秋祭りで山に祈願すると、神仏がそれに応えて山の頂上からやってくる。山自体が信仰の対象で、その頂上から赤く染まっていくという姿を見て、人々は何らかの対話をしたのではないでしょうか。「おかげさまで今年もいつもの秋を迎えることができました」という気持ちになれたのではないでしょうか。

今では薄れていますが、かつては神仏と自然は密接に結び付けられて、またしばしば同一のものとして、人々の暮らしの中に存在しました。秋祭りと紅葉だけでなく、年間を通じて対話をしていたということでしょう。人が祈れば神仏・自然が応え、それを受けて人が日々を営み、また祈る、そうやって循環していたのです。

(月報より)

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