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2008年5月の記事

まぜごはん

部屋の中から聞く細い雨音は、カセットテープを再生したときの、曲と曲の間のノイズのように、粗く、なめらかに、あたりを包みます。時間の流れそのものを聞いているような気分になります。

ああ、逆か。

カセットテープのノイズは、ノイズという名前だけに、不快にさせる騒音であるはずなのだけど、それでもどこか心地よいところがあるのは、雨音に似ているからなのかもしれないですね。

絹のような雨音が奏で始めるものは、いつかカセットテープから、ノイズとノイズの間で流れていた、グリーン・デイとか、オアシスとかでもなく、米米クラブとかリンドバーグでもなく、取っておいたってどうにも使い道のないような、小さい頃のつまらない思い出だったりします。

小学校のときに仲良かったやつがいて、学校が終わってからウチによく遊びにきてました。いつも夕方に帰るのが当たり前でしたが、僕は何度か引き止めたことがあります。まあもうちょっと待てよ、と。

僕はその時期「白いごはんをどうおいしく食べるか」について研究していたのでした。それで、これはいける、という食べ方を編み出したのでした。小学生の考えることですから大したものであるはずがなくて、白いご飯に、ふりかけと、鮭をほぐしたのと、鰹節かなんかを混ぜ込んで、それを味付け海苔で巻いて喰うとか、その程度のことだったはずです。

友達を引き止めて、ジャーに炊けているご飯を使ってまぜごはんを作って、喰わせてやりました。友達がうまいうまいといいながら喰ってくれて、誇らしかったのを覚えています。

何日かそんなことをしました。まぜごはんを茶碗一杯喰って、友達は自転車に乗って帰っていきました。まぜごはんの研究にも飽きて、いつの間にやら作らなくなりました。友達もいつもの時間に帰るようになりました。そいつは中学のときに転校しました。18くらいになって、偶然会ったときは、生意気にバンダナを巻いていました。それからは会っていません。

雨音で、そんなことを思い出しました。あいつはまぜごはんのことなんて、覚えてないだろうなあ。

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5月も終わりの、土曜日ですね。月日の経つのは、早い早い。有意義な週末をお過ごし下さいませー。

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バリネコです。

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ウグイス

こんにちは。

境内のまわりの木々で、ウグイスが鳴いております。ウグイスといえば当然「ホーホケキョ」なんですが、この鳴き方、よくできてるなあと思います。ワクワク感をそそるんですね、よく考えると。

ウグイスの鳴き方は、前半と後半に分けることができると思うんです。「ホー」の前半と、「ホケキョ」の後半。「ホー」と来ると、「次はホケキョが来るな」というふうに、どこかで意識しながら人間って聞いてるんじゃないかしら。

そんじょそこらの鳥は「ピヨピヨ」とか「カーカー」とかです。ニワトリとかホトトギスとか、多少変則的なリズムで鳴く鳥もありますが、ウグイスみたいに分けにくいというか、ストーリーがないというか。

「ホー・・・」と来て、

「ウグイスの野郎、鳴いてやがるな」とまず察知するでしょ。

で、

・・・

・・・

「ホケキョ!」

「やった!」

みたいな、ストーリーがあるわけです。桂枝雀さんの笑いの理論から言葉を借りると、「緊張の緩和」があるわけです。「ホー」でドキドキして「ホケキョ」で崩す、という、短い短い寸劇です。最小単位のストーリーです。一発ギャグみたいなもんです。

そういうところが、格別な愛着でもってみんなに親しまれているのかなあと思いました。

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昨日の続きですが、情報はほんとに気をつけないといけません。何を知ってるわけじゃないのに、自分はすごく物知りだと錯覚させられたりもします。「自分は」ならまだいい方で、「自分たちは」っていうことだってあると思います。

環境問題とか、健康のこととかも、そういう傾向があるように思えます。惑わされないように、気をつけよう。

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今日はええ天気やー。

暑なりまっせー。

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バターレタスとグッド・シェパード

「グッド・シェパード」のDVDを観ました。

情報って便利だけど、反面めちゃくちゃ恐いものだなと、再認識しました。「情報は使い方次第では有益なものだけど、一歩間違えば害になる」なんてのは、そこかしこで聞く言葉です。ネットだメールだと高度な通信技術が浸透している昨今はなおさらです。

けどまだまだその言葉の意味するところは、骨身に染みてはいないんだろうなと思いました。「グッド・シェパード」はCIA創設期が時代背景となってましたが、その時代でさえ、情報というものが、何か大きな大きな力を持った生き物のように、世の情勢を左右していました。それからうんと時は流れて、今では技術がこんなんなって、さて、情報という生き物は、世情にどれほど深い影響力を持ってるんでしょうねえ。

情報を使っているつもりが、実は情報に使われているにすぎない、自分の身で考えても、そんなことよくある気がするなあ。

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初めて野菜を育てています。

変わったのをやってみようと思って、「バターレタス」の種を手に入れて、先月蒔きました。サラダ菜です。

半分遊びで蒔いたんですが、予想以上にしっかり育ってきて、もう半月もすれば収穫できそうです。今日、ちょっとちぎって食べてみたけど、イケルイケルー。

来月中ごろあたり、サラダパーティーやー。

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映画鑑賞も、情報との戦いも、バターレタスの試食も、修行修行。

今日もおかげ様で無事に更新させていただきました。ありがとうございます。

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なに話そうか。

明日、とある会があって、スピーチするように言われました。「何を話したらいいですか?」って尋ねたら「何を話してもいいんです」って言われたので、あれこれと迷ってしまいました。

5分くらいの挨拶程度でいいからということなので、そんなに突っ込んだ話もできないなあいうことで、でもせっかくだから「不景気ですなあ、暑くなってきましたなあ」というような通りいっぺんの話題ではなくて、なんか面白いこと言えないかなあと練ってるところです。

「お年寄りに、もっと仕事をしてもらおう」ということを話してみようかと思っています。

ボランティアなどで、お年寄りと世間話をしていると、何か物足りなさそうというか、諦めたような印象を受けることがあります。家族からはお邪魔扱いされたり、孫と話しをしようとしても「昔の辛気臭い話を教えないで」というふうに、親に遠ざけられるんだそうです。

伝えられるべきものっていうのはたくさんあると思うんです。会話をしたり、近くで接することでしか伝わらないものも、すごくたくさんあると思うわけです。お年寄りしか知らない、現代っ子たちは味わったことがない、だから伝えなければいけない大事なことが山ほどあるように思います。

伝えようとしても伝わり切れるものではないかもしれないけど、伝えようとしなければ絶対に伝わらないでしょ。

「お年寄りの仕事」というのは、それだと思ってます。世代ごとに隔離されていたのでは、お年寄りは仕事できない。だから世代間の溝を、みんなで埋める工夫をしてみませんか、と、明日は話してみようかなと思います。

話すというか、誘いかけてみようと思ってます。

世代をつなぐ、触媒が必要なんだぜ、と。昨日も書いたけど、もっと世の中に人情がほしいんです。

上手くしゃべれるのかー?

それとも噛みカミかー?

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山アジサイ「瀬戸の月」。

近日、ある二人のおばあちゃんとの対談を、数回に分けてアップします。

おばあちゃんたちが接した、生の戦争の体験のお話です。

お楽しみにー。

読んでくれてありがとうございました。

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国に、追われているのかもしれない。

沖縄からお客さんがあって、高松空港までお送りしたんです。で、車を「一般降車」と路面に書かれているところに停めて、お見送りしました。じゃあやられたんです。「駐車禁止」のステッカーがフロントガラスに貼り付けられてました。

仕方ないです、はいはい。法律で「ダメ」って決まってるんだし。都会みたくそんなに混んでないし、いやむしろガラガラなんだからちょっとくらいいいじゃないか、って思うけど、まあ一人許せばみんな許さないといけなくなるんだろうし、悪いのは僕ですよ、ええ。でもなあ、細かいというか、融通が利かないなあ。

まあまあ、「違反です」とされるのはまだ納得がいくとしてもですよ。

もうちょっと人情味のある取り締まりができないものでしょうか。

お見送りして、運転席に乗り込んだら、フロントガラスにステッカーですよ。声もなく音もなく、主人の居ぬ間にただ一枚のステッカーだけです。愛想がなさすぎます。いつの間に、どこの誰に貼られたのか、まったくもってスカされたようなというか、味気ないです。

「ついてないな」とか「油断したな」とかいう感情は多少あったとしても、「悪いことしたなー」っていう反省の心が、湧きあがらないわけですよ。「いつの間にかシールが」という事実だけでは。

待っててほしいなあ。僕が帰ってくると、警察なりなんなりが待っていて、お説教をしてほしいです。いかに僕が悪いことをしているのか、その場所での駐車がいかに他の人々の迷惑になっているかを、生の言葉で諭してほしいです。納得させられれば、反則金だって何万でも払うし、もう二度と違反しないですよ。

それだけ説得力のあるオマワリさんばかりだったら、もっと違反や犯罪だって減ってるはずだ。その方が効率という点で見たって、罰金なんかを上げるよりよっぽどレベルが高いと思うけどなあ。

管理管理、システムシステムというけれど、人情味の大切さを軽く見ては、つまらなくなるばかりだと思うなあ。

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警察に電話して抗議したけど、ぜんぜんダメだったー。

ついこないだスピード違反でやられたとこなのに。

国に、追われているのかもしれない。

今日も読んでいただいてありがとうございます。

皆さんは違反しないで下さいませー。

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青ノリが心配です

おはようございます。

青ノリなんですけどね。

ふりかける人って、周りにあんまりいないです。たこ焼きとか、お好み焼きとか食べるときに「青ノリどうする?」って聞かれても、「ナシでいいわー」っていう返答が多いです。歯にくっついてしまうから、っていう理由でしょうねえ。

子供のころなんかは、わりとみんな気にしてなかったかなと思いますね。子供仲間もそうですが、周りの大人の人にも「青ノリ抜きで」っていう人はあんまりいなかったんじゃないかなと、そんな気がしています。個人的な、さらに子供のときの曖昧な記憶をアテにした推理なので、断言はできませんが、でもだんだんと青ノリをかける人は減ってきてると思うんです。

だいたいさ、青ノリをいつふりかけるかって、ソースものを食べるときだけじゃないですか?お好み焼き、たこ焼き、焼きそば、焼きうどんあたり。それらソースもの界から、「青ノリ、最近人気ないからもういらんかもよお前。」と、「歯につくし。」と、見放されたら、青ノリは行くとこないんじゃないのかな。

実際青ノリの生産業界は、どういう状況なんでしょう。消費量はどう移り変わってるんでしょうかね。

青ノリがふりかけられているほうが、ウマイことはウマイと思うんですよ。でもいかんせん、歯につくからなあ。ここが唯一にして最大のネックなんです。カップ焼きそばだって、青ノリは別の小袋に入れられて、「お好みでどうぞ」とされているじゃないですか。歯にさえくっつかなければ、キャベツとかのカヤクに混ざっててもおかしくない実力はあるはずなんですよ。そして、長年ソースもの界の風味を支えてきた、確かな実績があるはずなんですよ。ああ、惜しいなあ。

青ノリ、これからどうなるんだ。

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晴れてきた。

気がつけば5月最後の日曜日。

よい休日をお過ごし下さいー。

●本日10時30分より、護摩焚きを行います。お気軽にお参り下さいませ。(毎週日曜日。お休みさせていただくこともあります。)

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おわかれ

トルコブルーの小さなカエルが、まだ花の出ていないアジサイの葉に乗って、少しも動こうとしませんでした。ただほっぺたを膨らませて、しぼませて、青い葉の上に座り込んでいました。

アジサイはお寺の境内の入り口の脇にあり、そこから本堂まで石畳が続いています。民家の中に溶け込むように建つ、決して大きくはない禅寺ですが、お葬式にはたくさんの方が参列されていました。通路を挟んでアジサイの向いに六角堂、石畳の正面に本堂があり、葬儀用の装飾がなされ、境内には薄く焼香の匂いが巡っていました。

老僧は102歳という高齢でお亡くなりになりました。倒れて病院生活をされるようになってから、ちょうど一年が経とうとしていました。住職は、入院中の先代を1年間毎日お世話しました。法要に、お茶とお花のお稽古にと、ただでさえお忙しいにもかかわらず、親同然の老僧を一生懸命に看病されました。代々の尼僧の寺を、長年守り続けてこられた老僧の葬儀は、5月のよく晴れた日に、粛々と執り行われました。

僕がお茶のお稽古に初めてお邪魔したときは、老僧が倒れられた数日後だったので、一年経った今までも、老僧にお目にかかったことは一度もありませんでした。けれども、お茶の生徒さんたちが、お稽古中、折に触れて「今のは大(おお)先生がいらっしゃったら叱られてるかも」とか「大先生の前ではいつも緊張してしまっていた」という話をされるのを聞いていたからか、お会いしたことはなかったけれども、心の中の、近くて遠いどこかに、老僧はいらっしゃったのでした。

僕は一般の参列者の方々に混じり、本堂を正面に見ながら、アジサイのそばでお参りさせていただきました。本堂の玄関に、寺の紋が大きく染め抜かれた紫の幕がかけられており、灰色の瓦にはお昼前の陽射しが反射していました。淡い青空に、低い読経の声が立ち昇っていきました。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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雨ですー。今日は本でも読もうっと。

●明日午前10時30分より、護摩焚きを行います。どうぞお気軽にお参り下さい。(護摩焚きは毎週日曜日です。お休みさせていただくこともございます。)

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だんけつ

こんにちはー。

地元の消防団の会長を務めてらっしゃる方のお話では、だんだんと若い人が少なくなってきたんだそうです。消防団は消防署とは別の組織で、地元の有志のひとたちで構成されていて、火事や災害の際には消防活動や救助活動をします。みなさん普段は自分の仕事を持たれているので、都合が合ったときには活動に参加します。

会長さんのお話では、最近の若い人たちは縛られるのが好きじゃないみたい、とのことです。グループや会をつくって、同じ目的を持って何らかの活動をするというのが、おっくうなんだろうなあ、とお話していました。

人間関係も面倒だったり、仕事が忙しかったりと、いろいろな理由があるのかもしれませんね。定期的な会合なんかも、どこか義務的な感じがして嫌なのかもしれないし、そこでの飲み会に出るくらいなら、気心しれた友達を飲みに行ったり、好きな趣味をするほうがいいのかもしれません。

けどねー、古臭いというか、こそばゆいかもしれないけども、「団結する」っていいなと思いますよ。何か共通の目的があって、団結する。チームを作ったり、討論をしたりして、何か意義のあることをやろうじゃないか、っていうのは、とても健康的だと思います。仕事ではもちろんのこと、直接的な利害関係のない、消防団にしてもそうだし、地域の祭りにしてもそうだし、しんどいことも多いけどみんなで成し遂げたい何かがあるっていうのは素晴らしいと思います。

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とはいっても、今でもグループ活動は盛んですよね。あちこちにいろんなグループがあります。草サッカーチームだとか、お料理クラブとか、釣りクラブとか、いろんなグループやチームがありますが、一方で消防団とか、地域の祭り運営者とかは、人数が足りなかったりするわけです。

お互いに連携し合えるようなネットワークができればいいのになと思うんです。普段は草サッカーチームだけど、なんかあったら消防活動もやる、とか、お料理クラブだけど、地域の祭りには炊き出しに行く、とか。いまでもそういう連携はあると思うんですが、まだ足りないみたいなので、なにかこう、組織同士がもっと円滑に補完し合えるようなネットワークを作れればいいのになあと思いましたー。

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こないだ、ウチでたこ焼きパーティーをして、予想以上に盛り上がったな。

今日も読んでくれてありがとうございます。

明日から山ごもりしてきます。

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チーム、クジラ

アニマルプラネットのDVDを見ました。「天敵から集団で身を守る」っていうテーマで、いろんな動物が出てました。いろんな種類の動物が、それぞれの特性や知恵でもって、天敵から難を逃れていました。

「ニシンVSクジラ」がよかったなあ。ニシンがね、群れてるんです。そこへイカとかペンギンとか、ニシンの天敵が襲い掛かってくるんですけど、ニシンの群れは固まっては散らばり、散らばっては固まって、天敵たちになかなか狙いを定めさせず、うまく逃げ切るんです。

イカとかペンギンなんかは闇雲に追い掛け回すだけなんだけども、クジラはいいねえ。魔法ですよまるで。

まず何頭かでチームを組みますね、クジラは。で、ニシンの群れが泳いでるその下に、1頭が潜ります。そんでもって、強烈な高音を出して、敏感なニシンを混乱させます。また別のクジラが数頭、頭から空気の泡を発生させて、混乱しているニシンの群れを泡で囲み、逃げ道を塞いでしまいます。ニシンの群れは下からの金切り音から逃れようと、水面近くに上がっていきます。そこを、ゲットするんですね、クジラたちは。見事なチームプレイです。水中ならではの狩りですね。

多数で群れたり、少数のチームを作ったり、家族単位で行動したり、一匹で生きていったり、種によってバラバラですが、みな本能で生きていってます。本能だけの生物は、個々に価値観なんて持ってないのかもしれない。人間の価値観ってのは、何のためにあるのか。

じゃあ価値観は理性が作るもんだろうか、いやそうとも言い切れないでしょうねえ。人それぞれ、価値観を持っているとしても、それは常に一つかな。どの角度からみても常に同じなんだろうか。「価値観というものに対する価値観」って、どんなものなんだろう。そんなことを考えていると、あんまり「価値観価値観」と言いすぎても仕方ないなと思いました。

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右のは「ユーミートゥギャザー」っていう名前のアジサイです。

左のは「伊予の十字星」。山アジサイですって。

茶久楽にありますので、見にきて下さいませー。

もう夕方になってしまった。だいぶ日が長くなりました。素敵な夕方をお過ごし下さい。

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ハーレー

おはようございます。台風が来てますね。香川も少し風が出てきましたが、雨はお昼からのようです。

車の免許をとって、9年になるんだなあ。ほとんど毎日乗りますし、大阪方面へ行ったり愛媛や高知に行ったり、そこそこの距離を運転することもしばしばだし、さすがに普通車の運転は慣れたもんです。

「手足のように」なんて言い方があるけど、まあプロ並とはいかないまでも、車の運転は体の一部を動かすみたいに、自然とやっています。ハンドルを切る、アクセルやブレーキを踏む、曲がるときはウィンカーを出す、そういうのはことさらに意識してやることはなくて、体が勝手に操作しています。

特に危なそうな道とか、通りにくい道とか、そういう時を除いて、普通の場面ではいちいち操作について考えたりしてません。一応それだけ慣れて、体に染み付いてるってことなんでしょう。

けどバイクは違うなあ。去年までバイクを持ってたんですが、体に染み付くという感覚ではなかったですね。結局売るまであんまり乗る機会も多くなくて、距離もそんなに走ってなかったんです。ある程度までは慣れたけど、体に染み付きはしなかったですね。いちいちの動作を、意識しながらやってたと思います。次ー、はい右折やからウィンカー出してー、ハンドルこれくらい切ってー、アクセルはー、これくらいー、って。

染み付くくらい乗ったら、また一段とバイクが楽しかったでしょうけど、そこまでは乗れませんでした。ほどほどで売っちまいました。

バイクや車だけでなく、「体に染み付く」っていうのは便利というか、自分のほんとの実力っていう感じがします。いちいち考えなくても体や頭が自然に働くんだから、いいもんです。僕は何が染み付いてるだろうと考えると、まだまだ何もかも中途半端だなあと思いますね。何もかも、借りてきたような力ばかりで、本当に自分のものにできた能力というと、さしたるものがないなあ。

昨日、ハーレー3台がお参りに来て下さって、そんなことを考えました。愛媛からのツーリングの途中、立ち寄ってくださったみたいでした。

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朝から先日の反則金を支払ってきました。痛い出費ですわちきしょう。

今日も読んでくれてありがとうございますー。西日本の太平洋側は大雨のおそれ有りとか。ご注意下さいねー。

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バレーが変わったと思う

テレビで女子バレーやってますね。

久しぶりによく見てみると、放送の仕方、応援の仕方も含めて、試合の雰囲気が一昔前と随分変わったなあと感じました。背番号の上の名前も、名字ではなくて下の名前にしている人がたくさん増えてますね。

バレーボールといえば「ニッポン・チャチャチャ」のように思ってましたが、よく聞いてると今っぽく変わってます。「タンタンタタタ・タタタタ・ニッポン」っていうのが多くなってました。「ニッポン・チャチャチャ」はもう古いのかなあ。

特に変わったなあーと思ったのは、表示されるデータの種類が増えているように感じましたね。選手ごとのスパイク決定率だとか、両チームが得点した順番だとか、以前そこまで細かいデータが出たかなあ。それだけ視聴者が細かいところまで観戦するようになったということでしょうね。

一昔前は、「ソーレ」ってサーブして、「拾った!」「打った!」「入ったー!」というシンプルな楽しみ方をしていたんじゃないかなと思います。シンプルに、行け、そこだ、勝て勝てがんばれー、と。今は見ている側も選手や監督になったかのような気分で、局面ごとの戦術的なところまで楽しんでいる人が増えたのかもしれない。相手チームのだれそれは今日はスパイクの決定率が悪いみたいだから、じゃあ日本はあの選手を交代で投入したほうがいいな、とか。

あとは、タイムのときの円陣に、カメラがすごく近づいて撮影している気がします。監督が言ってることがテレビからも聴こえてきます。他国チームに情報が漏れないのかな。

バレーも変わったんだなー、って感心して観ていました。いい汗かいてるのを見ると、スポーツしたくなるんですよねー。実際にはなかなかしないけど、とりあえずその時は。日本中が応援してます、バレー、がんばってほしいです。

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香川、朝は肌寒かったけど、晴れてきたみたい。今日も読んでくれてありがとうございます。みなさま良い休日をー。

●本日10時30分より、護摩焚きを行います。お気軽にお参り下さい。(毎週日曜日 お休みの場合有り)

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なんとかロマンサー

こんにちは。

大阪から、高校時代の友人が遊びに来ていました。僕と奥さんと3人は同級生で、今でもよく飲みに行ったりします。

来た日はうどんを食べて、夜には沖縄料理屋に行きました。彼女はいつもちびちびと食べ物を口に運びます。酒もちびちびと口に運びます。たっぷり時間をかけて、味わいながら飲み食いするのでした。だから結局はよく食べ、よく飲むのでした。

買い物があったので、3人で近所のスーパーへ行きました。僕と奥さんは買うべきものをカゴに入れていました。彼女はプチトマトの棚に目を凝らしていました。ビニール袋にはプチトマトが10個ほどずつ入れられており、棚にズラリ並べられていました。袋には値段や生産者名を書いたラベルが貼られていました。「友達と同じ名前の人が作ってる」と言って、彼女はプチトマトを一袋買いました。ハイビスカスのような赤の、小さめのプチトマトでした。

石鎚山に登って、次の日には高知へ向かいました。何枚もCDを換えながら、長い峠を越えました。“Slow Dancer”っていう曲があって、好きなんだと言っていました。元はフォークなんだけどよくジャズでもアレンジされているよと教えてくれました。『♪Slow Dancer ~~ なんとかRomanncer ~~』っていう曲でした。

「やりたいことがありすぎて、自分の方向性について迷ってて、最近元気がない」というようなことを言って、四国に来たのでした。「いろいろ話をしてると、やりたいことの優先順位はもうできあがってるように見えるけど」と、僕は言いました。「それは自分でも実はわかってる。これから実行していくだけ。けど、一歩を踏み出す前の、今というこのときが、不安なのだ」ということでした。迷いと決断の間には、エアポケットのような不安が存在するのかもしれない、と僕は思いました。彼女の推進力でなら、難なく乗り越えられるでしょう。

うどんを食べて、沖縄料理を食べて、山に登って、高知でBBQして、酒飲んで、みんなでたこ焼き焼いて、フォーッとか言って、寝てる人の上ででんぐり返りをして、昨日大阪に帰っていきました。来月のジャズコンサートの、リハーサルがあるんだと言ってました。

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仁淀川町の豆腐。コゲ目がつくくらい焼いて、うまいー。

今日も読んでいただいてありがとうー。よい週末をー。

●明日は護摩焚きです。お気軽にお参り下さい。(毎週日曜日・午前10時30分より 都合によりお休みすることもございます)

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雨あがる

こんにちは。香川、いい天気です。焦げそうです。

13日に、石鎚山に登拝してきました。3月に結婚したので、その御報告をするためです。大阪から僕と奥さんの共通の友達が1人遊びに来たので、その女の子も一緒に、3人でお参りに行きました。

13日と言えば降水確率100%の予報で、後から知った話では寒風山で土砂崩れがあり、西条市から高知県へ抜ける道が通行止めになったほど大雨だったそうです。

けれども、お山は僕達を迎えてくれたのでした。午前10時の便のロープウェイで登って、成就社に着いたころには土砂降りなっていて、もう引き返そうかという話も出たほどでした。でもせっかく来たのだし、頂上目指してがんばってみようということになり、山道の安全を願って、成就社の神殿にて3人でお参りをしたのでした。

結婚の御報告に参ります。一生懸命登ります。どうか安全に登らせて下さい。と、一心にお願いしました。

すると登山口から一歩踏み出したとたんに、雨があっというまに上がったのでした。

ウソみたいな話ですが、ほんとです。あきらめて帰らなくてよかったなあ、神さんが迎えてくれてはるんやなあ、って、嬉しかったです。

お山の神様は、実際に時々そういう不思議なことをされるのだそうです。雨だったからとスタート地点で諦めて引き返したら、山のふもとまで下りたあたりで快晴になったとか、また別の人が登ろうとしたら、直前で土砂崩れになっていて登れなかったとか。日頃の行いが良くないと、そうなるんだ、って聞いたことがあります。

科学的には証明できないのだけども、確かにそういう大きな力って、存在しているんですね。身をもって実感すると、なんだか安心します。自分のするべきことを正直にしていればいいんだ、と思えるんです。何か困ったこと、辛いことがあっても、その大きな自然の力は受け止めてくれます。見も心も任せてしまっていいんです。よりどころっていうものは、ありがたいですねー。

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でも次の日スピード違反で捕まってしまいました。何かのバチがあたったかー!?

読んでいただいている皆様も、一度お山に登ってみませんか?こんどブログでもお山登りの企画を立ててみたいと思います。ぜひみんなでお参りに行きましょう。ご興味がおありの方は、お気軽にメールを下さいませ。mail@ishizuchijingu.com

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山の写真をマイニチ小窓のほうにボチボチ載せていきます。

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使者がやってくる夢

昨晩見た夢はちょっと恐ろしい夢でした。人類の終わりが来る、というストーリーでした。「使者」のような存在、まあその使者たちも人間の姿かたちをしているのですが、その使者たちがこの世の終わりをもたらすためにズンドコと攻めてくるんです。

たくさんの人間達の中に僕も混じっていて、みんなで使者たちに立ち向かうのですが、みんな頭の中では「絶対に勝てっこない」というのを知っています。「絶対に勝てっこない。けど最後まで戦う」んです。

もう、それはそれは圧倒的な力でもって、使者たちは攻めてきます。僕らはでっかい軍艦の甲板で迎撃しようとしていて、使者たちは水平線の向こうから、高速艇を使って数名単位のグループで幾重にも押し寄せてきます。

こちらの武器と言えばナイフのくらいのもので、使者たちは未来の高性能レーザーガンめいたものを全員が標準装備しています。高速艇を僕らの軍艦に肉薄させて、カギヅメのような道具を使って軍艦の甲板まで登ってきます。タンタン、って、とても身軽です。

甲板に上った使者たちは、僕らがさほど抵抗できないということを知っていて、高性能レーザーガンは使いませんでした。使者に小型のハンドガンを突きつけられただけで、僕らは立ちすくんでしまって、なすすべなく捕縛されていきました。そしてついには処刑場に連行されました。

恐ろしい反面、映画なんかよりもっとリアルで迫力があり、目覚めたあとも妙な興奮状態でした。

その夢の話を、夢占いに詳しい友人にしてみると、友人もそういう「世界の終わり」の夢を見たことが何度かあるそうで、夢占いの本にも記述があるとのことでした。ということはそういう夢を見ることは、よくあることなんですなあ。よくあること、ってことは、人間の深層心理だか遺伝子だかに、何らかの形で根を下ろしているんですね。「世界の終わり」の情報が、何のためにだろう。

そういう、滅多に見ないけどたまに見ることのある夢って、どういう意味があるのかなと考えていると、先日別の友人と話していたマージャンの役のことを思い出しました。「一度も見たことがないくらい滅多に出ない役だけど、でもルール上は役として成立させられている」そういう役って、どんな意味があるんだろうなあという話です。「なくてもいいじゃん」って思うけど、「でも意味があるから役として存在するんだ」ということもあって。

たまには刺激的な夢も、おもしろいです。

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財田町、萬福寺さんの、みかんです。

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やま、なみ

おはようございます。香川、雨ですね。

ブログの名前が「やまなみネット」に変わりました。

やまなみ、って何だ、って言われると、ズバッと一言で説明できるような答えは持っていないんですが、大きなイメージとしてまずあるのは「四国」というものです。「四国」が「もの」なのか「島」なのか「地域」なのか、そのあたりは曖昧です。物体としてのものでもいい、観念としてでもいい、とにかく「四国」。

四国というものを、見直してみたいんです。飛行機もあるし、インターネットもあるし、今、世界がものすごく狭くなっています。個人から見れば、行動範囲はものすごく広くなっています。で、そんな中で「四国」ってどういう位置にあるんだろう。「Shikoku」って、大きな世の中にあって、どういう存在であるのだろうな、って思うんです。

今、実際にそれがどういう位置づけなのかは判然としようがないことですが、僕にとっては自分が住んでるところであって、この場所からいろんな人と交流していきたいと願っています。四国の山、四国の波、「やまなみ」には、まずそういうイメージがあります。

四国を発信地として、人と繋がったり、人と人とを繋げたり、人と知識、思い、風景、そんなものもいっしょくたに繋げていければいいなと思っています。波みたいな山になったり、山みたいな波になったり、そんな風にうごめきながら、このブログがいろんなところで読んでいただけるようになれるよう、がんばってみましょうかね。

しかしまあ、「四」の字も「国」の字も、えらい四角いなあ。

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冬によく焚いてたお香を焚いてみたら、今日は寒いし、なんか冬にあったいろんなことを思い出しました。

みなさま、雨に濡れて風邪などひきませんようにー。

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1週間前の、境内の藤棚です。満開だ。

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20年度大祭

こんにちは。

皆様、ごきげんいかがでしょうか。

おかげ様で大祭は今年も無事に終了いたしました。雨がものすごく心配だったんですが、ほんの少しパラリと落ちてきただけで、滞りなく行事が進行できてよかったです。昨年の大祭も雨の予報だったんですが、どうにか持ちこたえてくれたのでした。いや、ほんとにありがたいことです。

大祭までの半月ほどが一年で一番あわただしい時期で、本番が終わって、片付けも落ち着いて、正直なところ今現在ぼーっとしています。脱力感ですねー。

毎年なんかこう、胸にぽっかり穴が空いたような、フワフワしたような気分になるんです。僕にとっての5月病とも言えそうです。

準備やら当日の段取りやらで自分でも頭と体を動かしましたが、やはり多くの方々の御協力がなければ成り立つものではありません。もう何十年も大護摩焚きの組み木を用意してくれているおじいさんから、今年初めてテント立てなどの開場設営を手伝ってくれたお兄さんまで、いろんな方々に力を貸していただいきました。教師の方々も、遠い所他府県から駆けつけていただき、たいへん心強いです。

みんなで力を合わせて、やっとひとつのお祭りができます。

大護摩の炎は皆の祈願とともに、力強く空に昇っていきました。

ありがとうございました。

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