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2009年8月の記事

とい

最近の疑問を並べます。

1.かかし

車を走らせていると、あっちこっちの田んぼが緑で綺麗な季節。今日は早くも刈り込みしてる早稲田があった。雨が多かったけど、今年の稲のデキはどんな具合なんだろう。

疑問は、田んぼの鳥よけなんだけど、結局どのスタイルが効果的なのかということ。ロープに縛られた大きなCDとか、でかい目のような模様の風船など。またはカカシ。どっちが効くんだろう。

今どきのカカシには、マネキンが使われているのをこのごろよく見る。近所のマネキンカカシに至っては毎年左手にピストルを握っている。鳥や不審者が近寄れば即座に射殺、といわんばかりのスーパーセキュリティーカカシである。

マネキンがカカシとして使えるのはまだわかるけど、人形の顔の部分だけを棒に突き刺したスタイルもちょくちょく見る。一画に何本もの顔が挿されているのは、さらし首にしか思えない。地獄の黙示録のマーロン・ブランドばりのホロコースト的害鳥対策だと言える。

ともあれ、鳥にほんとに有効なのは「ディスク」なのか「カカシ」なのか、ということ。

2.にくしょく

火をまだ使いこなしていない時代に、肉食はあったのか?それとも火が使えるようになってから、肉を食いだしたのか?

ごくごく乱暴に分けると、東洋人は農耕、西洋人は狩猟、というイメージがある。火は確か北京原人からだと言うし、ではそれ以前に、例えば西洋の先人類が肉食をしていたとすれば、生で食ってたのか?

それとも、辛うじて干してたのかなあ、なんてことも思った。

ギャートルズなんかに出てくるでっかいマンモスの骨付き肉のようなものは、生だったかなあ。焼いてたんじゃないかなあ。

3.むし

虫って何なのか。太古、生物の全てが海にいたとき、虫の先祖もすべからく海中にいた。それからどういういきさつで陸に上がったんだろう。

喰って排泄するよなあ。息もしてるのか。虫にはセキツイ動物と同じような内臓があるの?心臓とか、胃なのか?血は流れているの?

足を断面図で見ると、パイプ状だと聞いたことがあるけど、筋肉はあるの?でもイナゴとか喰うのはたんぱく質があるからですよね。

パイプのようにスカスカ、乾燥した体はいつもカリカリ。なのにあれだけ跳躍したり、高速で飛んだり、でかい鳴き声を出したり、大きなものを運んだりする。このエネルギー効率は、これからの時代の大きなヒントになるんではないのか。

以上、ヒマがあったら調べてみます。

もし何かご存知の方は、教えてください。お願いします。

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あじ

昨日、初めてさかなをつった。

アジ。

図々しくも家人の父上についてって、釣りをした。足手まといになるだろうことも厭わず、父上はサオからなにから全部用意してくれた。僕はマトモに釣りをしたことがないんだ。

海面から釣り糸を巻き上げると、銀色をしたさかながくっついていた。おお釣れたぜという感激と、よりによってこの初心者に釣られることになったアジの運命を憐れむ気持ちとが半々だった。

僕が垂らす呪わしき釣り糸に巡り合うまで、どこでどう遊泳していたのかしらないが、僕みたいなド素人に釣り上げられるとはよっぽど愚鈍なアジなんだろう。鼻息荒げて大戦争に出征した兵士が、上から降ってきたココナッツの実にぶつかって死ぬくらい不運だ。アジ界一気の毒なアジだ。

ともかく、人生で初めての獲物。その特別なアジ君との対面をセンセーショナルに果たそうと、胸躍らせて糸を巻き上げてると、おう釣ったな、と父上が来られて、釣り糸のアジ君をキャッチし、慣れた手つきで針を瞬時に外し、獲物をクーラーボックスにぽいと放り込んでしまわれた。

クーラーボックスを覗いてみると、先ごろからすでに父君が釣っていた何匹かと一緒になって、どれが僕の初めての釣果だかわからなくなっていた。そんなもんなのだ。はじめてアジを釣ったくらいでドラマティックになってはいかんのだ。

そんなわけで、「釣ったことない人」から「釣ったことある人」になれた。僕と海との関係が一段階進展した。

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むし

お盆のあいだ、石鎚山奥之院にいた。

社務所から往来をながめる。ロープウェイ駅に向かうひと、降りてくる人が行きかう。ザックをしょった登山者のグループ、白衣の巡拝者、いろんな目的で山に登る。

上のロープウェイ駅をおりたところでは、夏休みのあいだ中「カブト虫観察ドーム」なる催し物があって、チビッ子連れのファミリーもよく訪れる。

社務所の前の道を下っていく一組のファミリーにチビッ子がいて、そいつは虫かごを持っている。グリーンのフタがかかった透明の虫かごの中身は、おそらく腐葉土と木の端くれとカブト虫である。わーいと駅の方から駆け下りてきて、神殿を通り過ぎ、僕のいる社務所を通り過ぎ、下の三宝荒神さんの前を通り過ぎる。待て待てと家族も急ぎ足であった。

少ししてまた、わーっと家族の中から引き返してきたのは、緑の網フタの虫かごを携えたチビッ子だった。コアラみたいに駆け戻ってきて、三宝荒神さんの前でかしわ手を打って、「カブト虫が早く死にませんように」とお願いして、わあいと駆け去った。

「カブト虫が長生きしますように」とかじゃなく、「早く死にませんように」だって。なんてゆうか、ものすごく適切なお願いごとに思えた。

・・・

人通りが途切れると、当然ながら静かだ。遠くで川の音がガー。気まぐれに風が葉をゆするビュー。ロープウェーがゴーン。蝉が絶えず喧騒の泡を撒く。

石鎚大権現さんの御神像が立ち、山ごしに注ぐ夏の日差しを受けている。御神像の足下に線香立てがあって、煙と香りが立ち上る。

誰も通らない、夏のお山のひととき。線香立てのそばに行って、ふと足下を見るとバッタがいた。山の夏日にあぶられながら、石鎚大権現さんの御神像を見上げて、あれは拝んでいたのかしらん。

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武田勝頼は土佐に眠る  最終回

動画は下へ↓↓

ゲスト:武田勝頼土佐の会/おかばやしさん

「武田勝頼土佐の会」の活動の一環として、2月に「勝頼くん弁当コンテスト」が行われた。

それを機に、「勝頼くん弁当」は実際に商品化された。仁淀川町内に、販売しているお店があるらしい。おかばやしさんにそのことを聞いて、うわあ食べたいと思ったのだけれど、その時にはお昼を過ぎていたので「もう売り切れてる」とのことであった。まことに残念だ。

史跡の発掘作業や、武田勝頼をたたえるお祭も予定されるなど、会の活動はますます盛りあがりを見せている。

「まちおこし」と言ってもいろんなやり方があるんだろうけど、外部から誘致したなにかとかではなく、こうやって現地のものを活かすことって、とても有意義だと思う。

なんでも使い捨てのいま、どうやったって捨てられないものがあったりする。まちには、住んできた先人たちのたましいがある。世の中との波長がかみ合わなくたって、核の光が輝いてる限り、存在価値はある。問題は手段だけなのだ。

土佐の会。今後どんな広がりを見せてくれるだろう。

次に仁淀川町へ行くときは、勝頼くん弁当を食べたいぞ。

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武田勝頼は土佐に眠る  その4(全5回)

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ゲスト:武田勝頼土佐の会/おかばやしさん

「エントリーせなあかんなあ」ということを、最近なにかにつけて思うのだ。行動する前からマイナス要素ばっかりが気になって、妙な損得勘定をして、ああでもないこうでもないと思案に暮れているうちに時間だけが過ぎていく。

とにもかくにも、エントリーすることだ。帳尻は、後からどうにでも合わせよう。それよりも、少しでも動くことで起きる化学反応に期待しよう、と。野球でも、バットを振らねば何も起こらないと言う。

脳には、「やる気」をつかさどるナントカという物質があるそうだ。そいつが分泌されると、人間やる気が出る。いったいどうやればそのナントカという物質が分泌されるのかといえば、「なにかをやる」ことなんだそうだ。「やる気」を出すには、「なにかをやる」のがいい。

先年、にわかに発足した「武田勝頼土佐の会」。おかばやし氏が「正直、はじめはそんなに期待していなかった」と言うように、先の視界がクリアーでなかったそうである。

しかし、エントリーし、「勝頼くんお弁当コンテスト」という、小さいながらも一石を投じることで、それが波紋の連鎖を生んだ。

何かやらかさなアカン、という状況の人、さあどうしますか。良くも悪くも、その日その日が将来的には思い出になりますぜ。

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