めも
森博嗣さんがだいたいこんなこと言ってはりました。メモっといたほうがええかなと思い、メモります。解釈まちがってたらすいません。
テレビ好きな人たちがテレビ業界に入って、業界を作ってる。
本好きな人たちが本業界に入って、業界を作ってる。
それらにとても興味があって好き、という人たちが集まって、その業界の中心になってるから、「それを嫌いな人たち」の気持ちがわからない。
だから衰退すんだ、というようなこと。
例えば「テレビが好きな人たち」は、それまでのテレビが好きで入ってきてるので、その理想的モデルを元に制作してるから、どうしても創造性に欠ける。
「理想的なテレビ像」を追いかけるあまり、欠点を埋めるようなことに執着しがちなんだけど、ともすればいわばマニアックになりがちで、少し冷静な視点で見られたときには大して差がないように思われてしまう。
「このごろのテレビ、みんな代わり映えしなくて退屈だあ」と言われるのはそういうことから起こる。本でも音楽でもファッションでも同じなのかもしれない。
テレビが無かった時代に、なにも無いところからテレビというものを作り上げ育て上げて行った人々には、理想的モデルにすべきものからして無かったから、だから独創性の強いものを産み落とすことができた。何をも踏襲する必要がなかったんだ。
もちろん不完全な点はいくらでもあったんだけど、欠点であると同時にそれが面白さのひとつでもあった。完全なものはキレイだけど退屈しちゃうんだ。
理想的モデルに引きずられた先に、キレイに仕上げたところで、それは「好きな人たち」だけの価値観ではすごいことなのかもしれないけど、一般的に見れば些細なこだわりでしかないのかもしれない。
それをしているうちは、過去のパイオニアが残した印象を凌ぐことはできない。こんなのを、第二世代のジレンマという。
作ってる人たちのこだわりの先に、受け手の人たちがホントに求めてるもがあるのか?
受け手としても、呆然と受けているだけじゃなくて、しっかり自分の身に合ったものを選別しねえといけん。
ぶちやぶろうぜー。やーやー。
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