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2016年3月の記事

2016年3月31日 (木)

2カ月半

この「本日、シャムショより。」を始めて、

2か月半くらいになります。

今のところどうにか毎日続けることができています。

 

1日や2日空いたっていいのかもしれないですけど、

うすーくでもいいから途切れさせたくないですね。

これからも、毎日続けることを最優先に、

気負わずゆっくりやっていこうと思います。

 

一貫したテーマで書いているわけではないですから、

読み続けていただいたところで

専門的な知識が深まるわけではないですよねえ。

 

この場所で何を伝えたいのかって、

ひと口には言いづらいですが、

「おっ、今日もやっとるな」と思ってもらえれば

それでいいのかもしれません。

 

毎日学校なんかに行ってですね、

「おっす」と友だちと顔を合わせるような感覚を持ってもらえれば、

それだけでも十分嬉しいです。

 

毎日の通勤路での、

「工場の煙突が今日も上がってるな」

「おばちゃん、店開けて今日も掃除してるな」

みたいな、風景の一片のような場所でありたいです。

 

朝のラジオを聴くような、

日曜夕方にサザエさんを見るような、

白ごはんのような、

目指すはそういうマンネリなのです。

 

飽きちゃって「最近なんか読む感じじゃないな」

と離れてしまう方がいても、

毎日やってればまた気が向いた時に戻ってきてもらえるでしょうし。

 

という感じの、肩の抜き方で更新しております。

 

みなさまの今日が平穏無事でありますように。

 

100回記念とか、

1周年記念とか、

何かやった方がいいのか??

 

石鎚神宮 社務所より

2016年3月30日 (水)

おそれ敬い、親しみ

今日は火曜日のお護摩焚きを行いました。

かねてからお伝えしているように、

もしこちらで判を押してご用意している護摩木の中に、

対象となるお願いごとに当てはまるものがない場合、

どうぞ手書きで祈願を記入して下さい。

判を押していない状態の護摩木も合わせてご用意していますので。

 

「ケンカした友達と仲直りできますように」とか、

「うちの犬が元気になりますように」であるとか、

「お店の新メニューがヒットしますように」とか、

なんだって大丈夫です。

 

石鎚っさんの神さん仏さんには、

むかしからもろもろの願いが寄せられていたのですから。

平日のお昼ということで

ご都合のつきにくい方もいらっしゃるとは思いますが、

30分ほどの行事ですので

ぜひお気軽にご参加いただければと思います。

 

毎週火曜日のお護摩焚きをしようと決めたのは、

気張らずにお参りしてもらえる機会を作りたかったからです。

今週を逃しても来週またやってるし、

時間も短いですし。

 

ふと思い立った時に来ていただけるような、

敷居の低い時間にしたいと考えています。

 

神さま仏さまに親しんでもらう機会を作ることも、

われわれの役目なのかなと考えるようになりました。

神仏を身近なものに感じてもらえればうれしいです。

 

おそれ敬うべきものであるには違いありません。

だけど、同時に神さん仏さんと親しんでもらえれば。

おそれ敬い、そして親しむ。

だと思います。

どっちかだけじゃない方がいいと思います。

 

おそれ敬うだけのものになって親しみがなくなると、

隔たりができて人から離れたものになっちゃうでしょう。

逆に、親しみだけでおそれや敬いがなくなるのも、

ちょっとひとことでは言いにくいけど、よくなさそうです。

 

お祭や行事ごとについては、

おそれと敬いを大切にしつつ、

親しみを持って参加してもらえるように意識していきたいです。

たぶん昔はそのバランスが良かったんじゃないかなあ。

 

みなさまの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

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2016年3月29日 (火)

大祭のお知らせ

5月5日には大祭があります。

年に一度の大きな行事です。

みなさんのご協力がないと、

大きな催し事は実現しません。

 

いや、「ご協力」とか、「お力添え」をいただきたい、

という感じではないように思っています。

ずうずうしいかもしれないですけど、

みんなで作って、みんなで楽しめる、

そんなお祭にしたいです。

 

奉納ライブに雑貨屋さん、

テントコーナーなど、

企画していることはたくさんありますし、

当日を迎えるまでの準備や後片付けもあって、

たくさんの方に関わっていただくことになります。

 

お参りや散策に来られる方もまた、

「訪れる」という形でお祭りに

関わっていただく方々だと言えるでしょう。

 

また、ぼくたちも神事や護摩供養を一生懸命執り行い、

お祭に関わります。

 

その場にいるみんなで作る大祭という行事が、

関わったみなさんにとって心地いいものに

なってほしいと思います。

 

 

神さま仏さまに願掛けをしたり、

報告や感謝を伝えたりされることで、

心の中がスッキリするかもしれません。

それはもちろん嬉しいことです。

 

さらに人との出会いが生まれたり、

新しいアイデアがひらめいたり、

何かだいじなことを思い出せたりとか、

そんなキッカケとなる場所になってもらえたら

もっと嬉しいです。

 

喜納啓子ファミリーの奉納ライブは、

きっと感動します。

沖縄の風と喜納一族のたましいの音楽、

ぜひ堪能して下さい。

 

テントコーナーではおいしいもの

ぬくもりを感じられるものが並びます。

作った人の表情まで見えそうな、

そんな品物がたくさんあります。

 

茶久楽店内の一角は、賑やかな雑貨屋さんに。

個性豊かな雑貨たちの中から、

お気に入りの一品に出会えるかも。

ハーブやアロマに興味のある方、

アトリエいろはさんに相談してみて下さい。

 

茶久楽の「大祭限定お昼ごはん」、

内容は乞うご期待。

テントではリサイクル雑貨も販売予定。

 

こどもの日は石鎚神宮へ!

元気になりに、ぜひみなさんで来て下さい!

 

みなさまの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年3月28日 (月)

熊野、南京町

今日は更新が遅くなってしまいました。

先ほど和歌山から香川に戻ってきました。

日付けが変わる前に、

昨日、今日のできごとをば。

 

自宅を離れる時の更新の仕方、

何かいい方法考えないとなあ。

 

和歌山は熊野に行ってました。

親族と、心あたたまるひとときを過ごせて本当によかったです。

たくさんの経験を積まれた人生の先輩からは、

教えてもらえることがほんとにたくさんある。

 

咲き始めの桜も見れたし、

気持ちいい青空の下で熊野本宮にお参りでき、

周辺を散策できました。

 

豊かな緑と渓流をすぐそばに感じつつ、

いい思い出を作ることができたのでした。

 

熊野詣でに行くには行き帰りに

かなりの時間がかかるというイメージで、

これまでに何度も行きたいと思っては断念してきましたが、

交通の便がかなり良くなっているんですね。

山深いところには違いないですけど、

大阪南部からなら2時間ほどで着いてしまいます。

さすが、世界遺産の地。

 

熊野本宮には初めてお参りしましたが、

ぜひまた訪れたいと思います。

古代日本史において重要な土地であるということはもちろん、

石鎚大権現は熊野権現からの流れを汲んでいると言われてもいますし、

カラスが尊ばれているということでも、

ほんとに重要な場所なんだと思います。

 

真っ黒な風貌から、

ともすれば不吉だ、悪賢いと忌み嫌われてしまうカラスですが、

にんげんの世の闇の部分をしょってくれている、

特別な存在だと思うんです。

 

熊野には、また訪れてみたいと思うし、

調べたり学んだり考えたりもしていきたいです。

 

熊野を出て、高速で帰ることに。

途中、神戸の南京町に少しだけ立ち寄りました。

「中華街」というひとつのコンセプトの元に、

人が集まりやすく、

長い時間滞在しやすい仕組みがよくできていると思いました。

 

どのお店も店先で点心を売ってて、

広場では賑やかに催し物があって。

 

どうぞハシゴしまくって下さい、

という感じの雰囲気だから、食べ歩きが楽しいです。

熱気があって、おいしく元気になれる街です。

こちらもまたぜひ訪れたいですね。

 

みなさまの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年3月27日 (日)

しかばねのポーズと胎児のポーズ

先日、松賀屋さんでヨガをしてきました。

普段使わない筋肉を使ったり、

固まっているところを伸ばしたりできて、

体がほぐれたように思います。

 

それだけでなく、

丁寧に呼吸することでリラックスできて、

頭の中やこころもほぐれました。

 

そんなヨガの時間の終盤、

「しかばねのポーズ」、

それから「胎児のポーズ」をしたんです。

それまでは動きのあるポーズが続いていましたが、

「静」の姿勢を取ることで終わりに向かって呼吸を整えていきました。

 

先生のお話では、

この「しかばねのポーズ」と、

「胎児のポーズ」が、

人間がいちばんリラックスできる姿勢だと言われているんだそうです。

 

へえ、と思いながら、

それらのポーズを取って深く呼吸していました。

 

でもすごいですね、

「しかばね」になり切ることと、

「胎児」になり切ることが、

いちばんリラックスできるんですよ。

 

この世で生を終えた状態と、

お母ちゃんのお腹から出てきて産声を上げる前の状態、

それが心身ともに最も安らぐものだなんて。

 

「胎児」と「しかばね」にある、

この「生きている」という状態って、

何なんだか、よくわからなくなってしまいました。

 

よく、だいじな場面で、

「リラックスしろ」と言われますよね。

緊張するなよ、と。

リラックスすれば、普段通りの力を出せる、

というような。

 

であれば、生まれる前の胎児だった時、

あるいは死んじゃった後のしかばねになった時、

そういう状態をうまく自分の中に取り入れてその場面に臨めば、

リラックスしながら本来の力を出せるのか…?

 

なんだかヨガに対して、

妙な角度からの興味も湧いてきました。

ヨガの歴史はとっても古くて、

体と心のつながりとか、

色んな哲学や思想も込められているそう。

 

楽しく体を動かしながら、

こころの面でも吸収できるものがたくさんありそうです。

 

みなさまの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

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2016年3月26日 (土)

植樹会

5月、境内の木がたくさん増えます。

毎年、県内各地で植樹活動をされているグループのみなさんが、

今回は石鎚神宮で植樹会を開催して下さるんです。

 

境内の一番下、

ロータリーとその周辺に、

500~1000株ほどの苗が植えられる、

という企画が進んでいます。

 

植えられる時にはまだ小さな苗木ですが、

月日とともに少しずつ大きくなって、

境内を守ってくれるような森に成長してくれるでしょう。

 

10年もたてば見上げるような木もたくさんになっているでしょうし、

30年が経ったころにはもう立派な森になって、

小鳥や虫たちが憩っていることと思います。

 

植えられる木々は、

一年を通して緑の葉っぱが落ちない、

常緑樹が中心です。

 

以前ここでも書きましたが、

日本古来の森は、

大きな常緑樹が主木となって形成されていました。

シイ、カシ、タブといった、どんぐりのなる木です。

 

それらは風にもなぎ倒されず、

洪水にも流されず、

火災の時も延焼を防いでくれるんです。

災害からにんげんを守る、

壁になってくれます。

 

植樹会で植えられた苗たちがやがて大きくなって、

お参りの方や近隣のみなさんの壁となってくれるかもしれません。

また、小動物が行き交う空間に身を置いてもらえれば、

安らぎを感じてもらえるのではないかとも思えます。

 

そこまで育つにはあと何十年もかかります。

また、今生きてる自分たちの寿命をはるかに超えて、

後の人たちと共に生きる木もたくさんできるでしょう。

地道で時間はかかるけど、壮大な楽しみなんです。

 

植樹会の詳細は、追い追いここでもお知らせしてきます。

興味のある方はぜひご参加ください。


みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

植樹会

5月、境内の木がたくさん増えます。

毎年、県内各地で植樹活動をされているグループのみなさんが、

今回は石鎚神宮で植樹会を開催して下さるんです。

境内の一番下、

ロータリーとその周辺に、

500~1000株ほどの苗が植えられる、

という企画が進んでいます。

植えられる時にはまだ小さな苗木ですが、

月日とともに少しずつ大きくなって、

境内を守ってくれるような森に成長してくれるでしょう。

10年もたてば見上げるような木もたくさんになっているでしょうし、

30年が経ったころにはもう立派な森になって、

小鳥や虫たちが憩っていることと思います。

植えられる木々は、

一年を通して緑の葉っぱが落ちない、

常緑樹が中心です。

以前ここでも書きましたが、

日本古来の森は、

大きな常緑樹が主木となって形成されていました。

シイ、カシ、タブといった、どんぐりのなる木です。

それらは風にもなぎ倒されず、

洪水にも流されず、

火災の時も延焼を防いでくれるんです。

災害からにんげんを守る、

壁になってくれます。

植樹会で植えられた苗たちがやがて大きくなって、

お参りの方や近隣のみなさんの壁となってくれるかもしれません。

また、小動物が行き交う空間に身を置いてもらえれば、

安らぎを感じてもらえるのではないかとも思えます。

そこまで育つにはあと何十年もかかります。

また、今生きてる自分たちの寿命をはるかに超えて、

後の人たちと共に生きる木もたくさんできるでしょう。

地道で時間はかかるけど、壮大な楽しみなんです。

植樹会の詳細は、追い追いここでもお知らせしてきます。

興味のある方はぜひご参加ください。

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

石鎚神宮 社務所より

2016年3月25日 (金)

眼が疲れたら

長時間パソコンと向き合っていると、

目が疲れてきます。

近い距離にあって、明るくて、

写真とか細かい文字とかが映し出されているデスクトップ。

肩こりはひどいものの、

視力が落ちないのは救いかもしれないです。

 

目が疲れた時は遠くを見ればいい、

という話はよく聞きますよね。

ぼくが普段座っているパソコンデスクでは、

少し目線を上げるだけで窓の外が見えます。

 

窓の大きさは高さ90センチ×幅60センチくらいでしょうか。

限られたそのスペースからから見える景色には、

そう広がりはありません。

天気や季節によって少しずつ絵を変える、

動く額縁みたいです。

 

裏の山の、何でもない稜線です。

窓の左側、中央あたりの高さから、

たぶん斜め20度くらいの傾斜で山が下っていて、

その上は空です。

 

ぼくは目が疲れたらその山をぼんやり見ます。

山を緑にしているのは、

カシとかシイとかクスとかが中心だと思います。

 

ケヤキとか、落葉樹もいっぱいあります。

色んな木が生えています。

今は山桜が日に日に花を増やしています。

 

窓から見てちょうど正面あたりに、

周りの木よりも少しだけ背が高いのが、

一本だけあります。

枝や葉の広がり方の感じを見ると、

スギかヒノキのような針葉樹かな。

 

ぼくのパソコンデスクからは、

そいつがよく目立って見えるのです。

他にも無数に木がありますけど、

そいつにだけは少し思い入れというか、

親近感を持っています。

 

目が疲れて休めようとする時は、

自然と窓からその木を見るようになりました。

 

現在18時40分。

その木は陽が落ちてほの暗い空の中、

版画のような黒い影となって夜を迎えようとしています。

 

目を休めるついでに、書いてみました。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年3月24日 (木)

松賀屋さんでヨガ

昨日、仁尾町の松賀屋さんでヨガの会があり、

体験してきました。

先生が丁寧に教えて下さって、

あっという間に1時間が過ぎていきました。

 

最近は運動らしいことを全くしてないので

身体が硬くなってるのははじめっからわかっていましたが、

呼吸や心の持ちようもずいぶん慌ただしくなっていたんだと、

ヨガを通して再確認。

 

「松賀屋」という建物は、

仁尾の発展に力を注がれた塩田氏の元邸宅です。

明治後期に建てられましたが、

40年以上空き家となっていました。

 

現在は「一般社団法人 誇(ほこり)」のみなさんが管理されており、

仁尾町内外の人びとの交流拠点になっています。

「古民家」と呼ぶには広大で、趣き深い建築物。

 

誇のみなさんをはじめ、

たくさんの方々の力と想いで丁寧に維持管理されています。

当時の住宅としては高いであろう天井、

素足で触れるのが心地いい畳、

技巧を凝らした欄間や襖。

 

そんな場所でヨガなんて、

今になって思えばかなり贅沢な体験だ。

 

なつかしさを感じる和風建築で、

じっくりと自分の呼吸を感じつつ、

身体と内面に向き合うことができました。

 

今後は定期的な開催を目指されるそうなので、

またの機会にぜひ訪れてみたいです。

 

ヨガだけでなく、

シェアビレッジの準備も整いつつあるそうですし、

松賀屋がますます賑やかになることと思います。

 

お隣の仁尾で、

人と人とのすてきな交流がたくさん生まれそうです。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

シェアビレッジの動画、すごいですよ。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年3月23日 (水)

やりたい、やるべき、できる

色んなところで色んな方が考えていることのようですが、

「やるべきこと」

「やりたいこと」

「できること」

の3つをどうしていくのか、

ということは、だいじだと思います。

 

どんな優先順位をつけて、

どんな割合でやっているのか、

人によってまちまちなのかもしれません。

これって、正解はあるんだろうか?

 

「やるべきこと」をやらなければ責任を全うできないし、

周りとの調和が取れなくなってしまう、かもしれない。

 

「やりたいこと」をやらなければ、

不本意な生き方をしなければならず、

ほんとうの充実感を得られない、かもしれない。

 

「できること」をやらなければ自分の力を活かしきれず、

宝の持ち腐れになってしまう、かもしれない。

 

どれかに偏ってしまうのも、

どこか無理があるような気がします。

やっぱりどれかを選んで、

どれかを諦めなければならないんでしょうか。

自分の能力や置かれた環境、

周りの人間との関係などに合わせて、

妥協しなければならない?

 

「やるべきこと」

「やりたいこと」

「できること」

の3つをどうすればいいのか、

正解はひとつじゃないでしょうし、

その時その時で変わるものなのかもしれません。

 

ぼくとしては、

その3つのことについて考えがずっとグルグルしてましたが、

3つを重ねればいいんだなと思うようになっています。

できることが、やるべきことで、やりたいことであれば、

何も思いなやまなくていいはず。

 

周りの人に納得してもらいながら、

自分の力を活かしつつ、

日々を楽しくやれるじゃないか。

 

そううまいことはいかないかもしれませんけど、

目指すはそこなのかなと思っています。

いや、まだもっといい考えがあるかもしれないけど。

 

みなさまはどうでしょうか。

 

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年3月22日 (火)

インド2

7、8年前に行ったインドで特に印象的だった場面が2つ。

ひとつは、昨日書いたあんちゃんとの会話です。

 

そしてもうひとつは、

ガンジス川のほとりで大学の先生を話したことです。

 

片言の英語を使ってのやり取りだっため、

曖昧なところや理解できなかったところが

たくさんあったこと、

先にお伝えしておきます。

 

その人はインド哲学の先生だということでした。

日本から来たんだというと、

いい国だと言ってくれたような気がします。

 

日本は技術が進んでて、

インド人としては憧れると言ってました。

インドも一生懸命がんばっているところで、

技術の向上が国の大きな命題になっているんだと

語ってくれました。

 

ちょうどその頃といえば、

インドのITやインド式数学なんかが

日本でも注目されてた時期です。

インドが経済的に急成長しようとしている時でした。

 

ガンジス川に面した階段に腰を下ろして、

なおも先生は話してくれました。

技術を追いかけるのもいいけど、

「real science」を大切にしないといけない、って。

 

ITもいいけど、

リアル・サイエンスを軽んじちゃいけないよ、

ということだったんだと思います。

 

「リアル・サイエンスっていうのは、つまり」

と、そばにいた学生さんの自転車を指さして、

「こういうもんだ」と教えてくれたんです。

 

バーチャルな情報のやり取りばかりをありがたがる前に、

現実として目に見えるものをまず大切にしなさいと

言ってくれたんじゃないかな。

 

あるいは、自転車のように力の働きを直接感じられるもの、というか。

飛躍かもしれないけど、

「リアル・サイエンスを大切に」という考えは、

遠い遠い工場で高度な科学技術を駆使して作られた食べものよりも、

住んでる土地で育った野菜をおいしく食べろ、

というようなことなどにもつながっていくのかも。

 

先生が言ってたリアル・サイエンスを大事にしろという言葉は、

帰国後もなぜだか引っかかっていて、

あれこれいろいろと考えさせられました。

 

「日本に帰ったらエンピツとかボールペン送って」

と言われましたが、住所とかよくわからんし、

送れてはいません。

 

今日は更新が遅くなってしまいました。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年3月21日 (月)

インドのあんちゃん

7、8年ほど前になりますか。

10日間ほどインドに行ったことがあります。

友だちと二人で、バックパッカーしてきました。

 

インドの人たちは人なつっこくて、

どんどん話しかけてきてくれます。

 

片言の英語でいろんな人と会話した中で、

よく覚えている場面が2つあります。

 

1つはお土産やの客引きのあんちゃんです。

ガンジス川近くの通りで、

しきりに「うちの店に来い、安くするから」って

言い寄ってきて、

しばらくのあいだ隣同士で一緒に歩きました。

 

何しに来たんだ、とか、

どこへ行くんだ、とかいろいろ質問してきます。

ぼくたちは歩きながら適当にやり取りします。

 

会話の中で、「日本で何の仕事をしてるんだ」、

と聞かれました。

ぼくは、「神さんを拝んでんだ」と答えました。

すると、「You are lucky」と言われました。

 

ラッキーって、何がラッキーなんだと思いました。

ですがすぐに、

あちらの国ではカーストの縛りがいまだにキツくて、

職業を自由に選択できないということが

あるからだと気づきました。

 

神さんを拝む仕事が「ラッキー」だとは、

それまでも、そしてそれから今までも特に思ったことないですが、

そのあんちゃんに「ラッキー」だと言われたことで、

ちゃんと仕事に向き合わないといけないんだと感じました。

 

ラッキーかどうかはわからんけど、

そういう道に進んだのには何か意味があるというか、

運命というか宿命なのかなとも。

 

インドのもうひとつの場面は、

また次の機会に。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

インド哲学の先生

7、8年前に行ったインドで特に印象的だった場面が2つ。

ひとつは、昨日書いたあんちゃんとの会話です。

そしてもうひとつは、

ガンジス川のほとりで大学の先生を話したことです。

片言の英語を使ってのやり取りだっため、

曖昧なところや理解できなかったところが

たくさんあったこと、

先にお伝えしておきます。

その人はインド哲学の先生だということでした。

日本から来たんだというと、

いい国だと言ってくれたような気がします。

日本は技術が進んでて、

インド人としては憧れると言ってました。

インドも一生懸命がんばっているところで、

技術の向上が国の大きな命題になっているんだと

語ってくれました。

ちょうどその頃といえば、

インドのITやインド式数学なんかが

日本でも注目されてた時期です。

インドが経済的に急成長しようとしている時でした。

ガンジス川に面した階段に腰を下ろして、

なおも先生は話してくれました。

技術を追いかけるのもいいけど、

「real science」を大切にしないといけない、って。

ITもいいけど、

リアル・サイエンスを軽んじちゃいけないよ、

ということだったんだと思います。

「リアル・サイエンスっていうのは、つまり」

と、そばにいた学生さんの自転車を指さして、

「こういうもんだ」と教えてくれたんです。

バーチャルな情報のやり取りばかりをありがたがる前に、

現実として目に見えるものをまず大切にしなさいと

言ってくれたんじゃないかな。


あるいは、自転車のように力の働きを直接感じられるもの、というか。

飛躍かもしれないけど、

「リアル・サイエンスを大切に」という考えは、

遠い遠い工場で高度な科学技術を駆使して作られた食べものよりも、

住んでる土地で育った野菜をおいしく食べろ、

というようなことなどにもつながっていくのかも。

先生が言ってたリアル・サイエンスを大事にしろという言葉は、

帰国後もなぜだか引っかかっていて、

あれこれいろいろと考えさせられました。

「日本に帰ったらエンピツとかボールペン送って」

と言われましたが、住所とかよくわからんし、

送れてはいません。

今日は更新が遅くなってしまいました。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より


○明日14時からはお護摩焚きを行います。

 毎週火曜日に行っておりますので、

 ご都合のつく方はぜひお気軽にご参加下さい。

2016年3月20日 (日)

ハワイ航路

天気がいい日に

「ハァ~れた空ぁ~♪」と、

鼻歌を歌ってしまったり、

口笛を吹いてしまうのは、

せいぜいぼくらくらいの年代(30代の真ん中)までじゃないか。

 

いや、じつはもっと若い人も

口ずさんでしまうものなんだとしたら、

なんだかちょっとすごい歌ですね、『憧れのハワイ航路』。

1943年に発表されたんだそうです。

 

今でこそハワイどころかヨーロッパでもアフリカでも、

その気になれば南極でも行けてしまいますが、

当時のハワイは「憧れ」だったんです。

 

ハワイ航路みたいに、

みんなの憧れとか流行とかから作られて、

みんながそれを口ずさむみたいな歌が

これまで時々生まれてきたんだと思います。

汽車汽車しゅっぽしゅっぽとか、

電車は進むよどこまでもとか。

 

今はそういう歌、できないんですかねえ。

「インターネット音頭」とか。

「スマホ行進曲」とか。

「いいね!いいね!フェイスブック~♪」みたいなのとか。

できませんかね。

できなさそうですね。

 

きっと歌ができるまでに浸透しちゃって、

新しい何かが次々生まれてくるから、

追いつかないのかもしれないですね。

 

はたまた、老いも若きも、西の人も東の人も、

みんながひとつのものに憧れるという

時代ではないからでしょうか。

 

 

晴れた日に「ハァ~れた空ぁ~♪」と歌えたり、

きれいな月夜に「月が~出た出~た~♪」と口ずさめたり、

風呂に入って「ババンババンバンバン♪」と

ほっこりできたりするような、

そんな歌が生まれないかなあ。

 

パソコンの電源を入れる時、

キーボードをカタカタする時、

スマホの画面をスワイプする時なんかに、

つい口ずさんでしまう歌があったら楽しいのに。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年3月18日 (金)

シェアとリンクと再生。

今年は今までにない感じで手帳を活用しています。

とは言っても殴り書きのメモ程度ですが、

書き留めているのとそうでないのとでは

全然違うなあと思っています。

 

なんでもかんでもメモればいいというもんでは

ないでしょうけど、

考えをまとめたり、

確認するために役立っていると感じてます。

備忘録としてもね。

 

手帳の、1カ月くらい前の日付のところに、

「何でもリンク、何でもシェア、何でも再生。」

と書いてました。

 

人とはもちろん、

モノとか情報とかともたくさんつながって、

分け合っていきたいという思いは以前から持っていて、

ここでも何度か書いてきたように思います。

 

メモはしたものの、

さすがに「何でも」というわけにはいかないでしょうが、

つながることや、分け合うことで、

「嬉しい」とか「なるほど」とかが生まれればと思ってます。

そんなキッカケを作っていきたいです。

 

そして「再生」についてですが、

人やモノや情報のサイクルを途切れさせることって、

とてももったいないことなんじゃないかと

考えるようになってます。

 

廃棄されるはずのモノが、

それを必要とする人との出会いによって

まだ役に立てるかもしれない。

世の中にはいっぱい余っているモノがあるし、

その中には十分に食べたり使ったりできるものがあるでしょう。

うまくご縁が結ばれれば、

モノは捨てられずに済みます。

 

情報やサービスもそうで、

価値があるものが、

それを本当に必要としている人に結びついていないがために、

埋もれているのかもしれない。

そこをつなげていければなあ、と思います。

 

コストや効率といった経済の循環から少し軸が外れた、

神さん仏さんの場所だからこそ、

 

そんな再生が叶うかもしれないと考えています。

 

 

「どうぞ使ってね」「いくらでも持ってって」

というやり取りから、

「ありがとう」とか「じゃあお返しにこれをどうぞ」

という気持ちの交換が生まれれば、

なんかいいじゃないですか。

 

具体的な提案ができるように、

じっくり練っていきたいと思います。

 

ここでも「再生」のこと、ちょっと書いてました。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

喜納啓子ファミリー

今年の5月5日に大祭を執り行います。

神事・大護摩供養、お餅まきに加え、

みなさまのご協力のおかげで様々な企画が実現しました。

 

お餅まきの前には、

奉納ライブが行われます。

『喜納啓子ファミリー』による、

島唄ライブです。

 

ネットで動画などご覧になれるかもしれませんが、

ぜひぜひ生の歌声、音色を感じてもらいたいです。

みなさんおなじみの沖縄の歌で、

心があったかくなると思います。

でも喜納啓子ファミリーの音楽は、

そんじょそこらの島唄じゃないんです。

 

高い技術やセンスがあるのはもちろんですけど、

「たましい」というものが放たれていると思います。

それはメンバーのみなさんが

日頃から心の中で練っているものでしょうし、

また先人たちから受け継いだものでもあるでしょう。

 

喜納啓子さんのお父さま、

故・喜納昌永(きなしょうえい)氏は、

沖縄民謡の世界で大きな功績を残された方です。

 

ハンサムだし、強いし、

音楽的にもすごくて、

楽器ならなんでも弾けたんですって。

 

また、お兄さんは世界的な音楽家、

喜納昌吉(しょうきち)さんです。

沖縄、日本、世界の平和を想い、

各地でソウルフルな音楽を奏で、

言葉や文化の壁を越えて多くの人の

心をつないできました。

 

そういった方たちと血でつながった、

喜納啓子ファミリーのメンバーは、

音階とか弾き方とかいったものでは

説明し切れないものを表現しているのだと思います。

 

たぶん10年くらい前から家族ぐるみでのお付き合いがあり、

はじめて大祭でのライブが実現しました。

当日のライブは、とても素敵な時間になるという

予感があります。

お時間の都合がつく方は、

ぜひ本殿前にお集まりください。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年3月17日 (木)

本番と打ち上げ

ほんとにもう、ぜんぶのことに

当てはまるんじゃないかと思えるんですけど、

「ハレとケ」というか、

「オンとオフ」ってだいじだなと思います。

 

石鎚神宮だけではなくて、

町内会やいろんなグループでのお祭や行事ごとも、

「本番と打ち上げ」があるから楽しいんだと思うんです。

やりがいを感じたり、連帯感ができたりするのは、

本番と打ち上げがあるからでしょう。

 

本番はもちろん大事だけど、

その後に近所のおっちゃんと酒を飲んだり、

仲間とワイワイするのは楽しいです。

 

本番だけでも窮屈だし、

打ち上げばっかりしててもダラダラしちゃうし、

このバランスがよくできてるイベントは、

うまくいきやすいんじゃないかなあ。

 

オタクの人のスピーチをネットで聴いたことがありますけど、

日々の情報のやりとりだけじゃなくて、

やっぱり「フェス」が必要なんだ、

というようなことを言ってたのが印象的でした。

 

意見を交換したりだとか、

作品を発表したりすることだけで

気持ちが満たされるもんじゃないと。

 

ネットで盛んに情報交換がされているようなジャンルでも、

やっぱり現実世界で「ワー」っとやる祭りが必要なんですって。

 

仕事も、仕事だけをずーっとやり続けていたいわけじゃない人が

ほとんどじゃないでしょうか。

多くの人は家庭の平和とか、

趣味の楽しみとかいったものがあるから、

仕事にも身が入るんだと思います。

 

本当に仕事だけをずーっとやり続けていたい人も

たまにいるかもしれないけど、

そこに「やりがい」とか「達成感」とか

「仲間との連帯感」というものがあるからではないのかな。

 

そういった感情の動きも、

ある種自分の中での「打ち上げ」だと言えそうです。

 

議論が煮詰まった時に

「まあちょっと一服」とコーヒーを飲むと和むし、

ケンカした後の仲直りに

ゆっくり食事する時間というのもいいもんですし。

 

ギュッと詰め込むことと、ほぐれることとのバランスは、

何かにつけてうまく取っていければと思います。

 

「笑い」というものにしても、

「緊張と緩和」によって生まれるんだと、

桂枝雀さんが言っていましたから。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年3月16日 (水)

もうすぐ桜が咲きます。

楽しい嬉しいお花見の季節です。

 

その桜の花は、

いったいどこから来るのでしょうか。

今は花芽を膨らませている桜。

 

花のもとになっているものを見ようと枝を切っても、

幹を割っても、

「花のもと」が出てくるわけではありません。

そんな禅の歌があります。

 

今は姿が見えていないけど、

それは「ぜんぜんない」というわけではありません。

時期が来ればちゃんと形になって出てくるものです。

桜も、枝の中にも幹の奥にも「花のもと」はないけど、

時期がくればちゃんと咲きます。

 

桜だけじゃなく、何でもそうです。

あらゆるものは形を変えていて、

その時その時のタイミングで、

その時その時の姿をします。

こどもも一気に大人になるわけじゃないし、

車だってパソコンだってずっと新品ではありません。

 

人生もきっとそうで、

未来はある程度予測できるかもしれないけど、

やっぱり何が起きるかわかりません。

 

今から、半年前とか1年前、

5年前とかを振り返った時、

今のような自分になっていることを、

当時から想像できていたわけではないです。

 

ただ、今の自分があるのは、

過去からの時間の蓄積があったからだということは

間違いありません。

自分が今の自分である原因は、過去にあります。

その時は未来の姿がわからなかっただけのことです。

 

未来はどこまで予想できるのかな。

来年のこと、夏のこと、

やっぱりどんな感じなのかわからないし、

明日や1時間後のことさえわからないような気がします。

 

ぼくは「先のことはよくわからない」と思うほうだし、

毎日が行き当たりばったりですが、

きちんと予定して、予想して、

そして限りなくその通りの未来を迎え続けている人だって

いるのかもしれないですね。

 

思い描いた通りの人生を過ごしている人って、

どんな考え方や価値観を持ってるんだろう。

 

さっきの歌は、

「年ごとに 咲くや吉野の桜花 木を割りて見よ 花のありかは」

っていうものです。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年3月15日 (火)

みとよの日

今日はホワイトデー。

3.14ということで「円周率の日」でもあるらしいです。

そして、「みとよの日」なんですって。

3と1と4で、み・と・よ。

 

今日は別のことを書こうと思ってたんですけど、

みとよの日だと知ってしまったので、

三豊市のことを書かないわけにはいきません。

 

三豊市は香川県の西の方にあります。

10年前に7町が合併してできました。

7つのエリアはそれぞれに個性があります。

海があったり山があったり、

育てられている作物が違ったり、

人の感じもどこか違うような気がすることもありますよ。

 

7つの町が合わさってできた三豊市。

たまたまなのかどうなのかよくわかりませんが、

「七宝山(しっぽうざん)」という山があります。

七つの宝の山と書きます。

 

その名前がついたのは、

合併よりも昔、

さらに7町に分けられるよりももっともっと昔でしょうが、

「七つの宝」というイメージは、

現在の三豊という土地によくマッチしているなあと思うんです。

特色のある7つの町が、

家族みたいに一緒になって、

だんごになってがんばっている感じがします。

 

合併して「市」になって、

テーマソングができました。

これも「七宝の風」という歌です。

中西圭三さんが作曲して、歌ってくれています。

 

オルゴール調や行進曲調、

よさこい調のものなど色んなバリエーションがあって、

幼稚園、保育所の運動会とか、

地域の夏祭りなんかでも、耳にします。

お昼には役場のスピーカーから聞こえてもきます。

 

瀬戸内の温暖な風土や人情がよく表れている、

親しみやすい歌ですよ。

 

三豊市は広いけど、多様性があると思います。

お店も食べものも自然も、いろいろです。

お越しの際には、三豊の全部ではなくても、

好きなもの、落ち着くところ、見つけてみて下さい。

 

3.14、みとよの日の、三豊市のPRでした。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

○明日14時からはお護摩焚きを行います。

 毎週火曜日に行っておりますので、

 ご都合のつく方はぜひお気軽にご参加下さい。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年3月14日 (月)

続・せとげい

ほんとうは、5月5日にある石鎚神宮大祭について、

どんどんお知らせしていかないといけないはずなんです。

だけどその前に、『瀬戸内国際芸術祭2016』のこと、

昨日に引き続き、もうちょっと書きます。

 

地域の大きなイベントを紹介したいから、

という気持ちもありますけど、

それ以上に「自分が知りたいから」です、正直。

なにより、もう来週始まっちゃいますからね。

 

香川県でも西部の島は、

秋のみ開催ということなので、

ぼくが住んでいる地域の近隣が

本格的に瀬戸芸ムードになるのは、

あと半年後なのでしょう。

 

ともあれ、ネットなんかで春もやってる島をいろいろ見てると、

個性的な作品がたくさん出てきて、

興味深く感じてしまいます。

 

屋外のオブジェや彫刻などの写真も

たくさん紹介されています。

直島の「赤かぼちゃ」なんかがその筆頭でしょうか。

作品そのものに力があるのはもちろんのこと、

それらが青空や海、深い緑の中にあるということで、

いっそう心になじみやすいんでしょうね。

 

風に吹かれたり草花のにおいをかいだり、

波音や小鳥のさえずりを聞きながら島歩きをして。

ちょっと心身のデトックスができた状態でアートに触れる。

感受性は日常と少し違った感じになってることでしょう。

 

「何を見たいのか」という部分だけでなく、

「どの島に行きたいのか」を選ぶことも、

「瀬戸芸」の楽しむ上でだいじなポイントだと言えそうです。

なにせ、島はそれぞれに純粋な個性がありますから。

 

こうして書いていると、

やっぱりじぶんの肌で感じてみたくなってきました。

春、夏は、行ってみたいけど、はたして行けるかなあ。

秋は近いところでやっているから、行こう。

 

おススメの島や作品、

作家さんやイベントなどなどありましたら、

ぜひ教えて下さい。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年3月13日 (日)

せとげい

「陸の孤島」という言葉があるけど、

海の孤島は、ほんとの孤島です。

なんだかわけのわからない書き出しでごめんなさい。

 

海に浮かぶ島は地理的な広がりが限られていて、

島それぞれの暮らし方、

風情や景色などが色濃く受け継がれてきました。

 

人情深さやあったかさに触れられたり、

自然をすぐそばに感じられるところも多いから、

たくさんの人にとって心癒されるものなんだと思います。

 

でも、島は道路で陸地とつながっていなかったとしても、

海でつながってるじゃないか。

瀬戸内海の島々だって、

古くは現代以上に重要な交通路だったわけで、

日本の東西を、そして日本と世界を

つなげていたと言ってもいいんじゃないでしょうか。

 

いやあ、なんで唐突に海とか島とかのことを

書いているのかというと、

もうすぐ「せとげい」だからです。

『瀬戸内国際芸術祭2016』が、

3月20日からはじまります。

 

前回は、盛り上がっていることを

もちろん知ってはいながら、

体験することなく終わってしまいました。

 

正直なところ、今年の開催についても

詳しくわかっていないんですが、

すぐ近くで催される大きなイベントについて、

基礎的なことくらい知っておかないとなと

感じ始めていています。

 

このまま知らないまんまだと、

また前回と同じように乗り遅れるんじゃないかって、

ちょっと焦ってもいます。

 

だからちょっとずつ興味を持って

アンテナを張っておこうと思っています。

もし機会があれば参加してみたいなとも感じているんです。

すぐ向かいの粟島とか、ご先祖が眠る伊吹島とか。

 

普段の静かな島のたたずまいももちろん大好きで、

これからもそうあってほしいと切に願っていますけど、

一方でアートが島と人をどう結んでいくのか、

その動きをじぶんの目で見て、

感じてみたいなとも思うからです。

 

粟島、伊吹島は秋のみの開催だから、

春はどこか面白そうな島に渡ってみようか。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

2016年3月12日 (土)

震災の日をむかえて

5年という年月が経ち、

今の東日本は被災地なのか、

もはやそうではないんでしょうか。

 

まだまだ苦労を強いられている方が

大勢いらっしゃるのが現状だそうですが、

復興への道のりを少しずつではあっても

前進していかれるのだと思います。

 

メディアを通じてでしかありませんが、

東日本にお住まいの方々の明るさやたくましさが聞こえてきて、

刺激を受けたり、学んだりさせられています。

 

震災後もその前も東北には行ったことがありませんし、

情報通でもありませんから、

氷山の一角のように切り取られたものしか

知ることができていないんだろうとは思うんです。

 

けれど、遠く離れた場所で起きている街の息吹や、

人が放つ熱気を感じて、

生きていくということのヒントをいただいているような気がします。

 

色んなところで5年前の風景と今の風景の

写真なんかが紹介されていますが、

まだまだ復興が進んでいない場所というのが

ほんとにたくさんあるんですね。

 

5年というと長いようにも感じられますが、

街や里というものをイチから作っていくことが

いかに大変なことなのかを思い知らされます。

 

何度か書きましたが、

茶久楽のレジ横で『南三陸みさんが』を販売しています。

ささやかな「被災地支援」ができれば、

という気持ちで置かせてもらっているのですが、

まだできることやするべきことが

あるのではないかとも感じているんです。

 

ぼくたちは、

5年前に大きな爪痕を残した震災を教訓としなければなりません。

安全とかいのちとか、家とか財産、人と人との結びつきのことを、

考えて、共有していくことって、

これからもきっとだいじになると思います。

 

『南三陸みさんが』を置き続けることが

そのキッカケになるといいなと思うし、

もっとみんなで災害のことやいのちのことを

話したり学んだりできる機会を作れないだろうか、

とも思うんです。

 

東日本に知人がいるわけでも、

大きな支援ができるわけでもないのが現状ですけど、

震災の教訓を活かさせてもらう、ということが、

間接的に東北を応援することにも

つながっていくのではないでしょうか。

 

話したり学んだりできる「場」を作っていきたい、

そう思います。

また課題ができてしまいました。

 

被災された地域が、

お亡くなりになった方々が安心して見守って下さるような、 

あたたかい街へと復興していきますように。

 

そして、

みなさまの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年3月11日 (金)

震災と人とモノ

DVDレコーダーが壊れてしまいました。

修理に出せば直るのでしょうが、

普段あんまり使うもんでもないため、

何となくそのままにしており、

ついには取り外してしまいこんでいます。

 

なければないで困らなかったんですけど、

震災関連のテレビを見たいなと思って、

やっぱり修理に出しておけば

よかったのかなとも思ってます。

 

先日もお知らせしましたが、

高松の丸亀町ドーム広場では

『チーム香川』のみなさんも

参加されるイベントがあります。

 

また各地でイベントや防災訓練が実施されたり、

企業などでは黙とうなどが

行われるところもあるかと思います。

 

ぼくはいつもと変わらない一日を過ごすことになりますが、

心のどこかでたぶん5年前のことを思い出したりしています。

 

人と人との、人とモノとの結びつきのことを、

改めて考えていきたいと思います。

時々まちがえながらも、

ちょっとずつ進歩していけたらいいなと思ってます。

 

困っている人や、足りない、

欠けていると感じている人に、

自分たちが何をできるのか、

深いところまでしっかり考えたいです。

 

もちろん、特に不満や不安がないという人とも、

大いに協力し合っていければと思います。

人と人、人とモノとがいい循環でつながっていければ、

きっと補い合ったり支え合ったりしていけますから。

色んな人が、モノが、

輪の一部で、潤滑剤なんだと思います。

 

お参り、おはらい、

また茶久楽でのお食事の提供や、

境内でのお散歩や雑談なども含め、

心の面でのいい働きかけになればうれしいです。

そこから輪ができて広がっていくように、

できることを考えていきたいです。

明日はきっと、そのきっかけのひとつです。

 

みなさまの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年3月10日 (木)

火山

石鎚山は1500万年前の火山活動で生まれた

山だと聞いたことがあります。

死火山ではなく休火山だそうで、

噴火する可能性がないわけではないということなんですね。

 

いつも穏やかな石鎚山が火を噴くという姿は

ちょっと想像がつきませんけど、

その内側深くにはマグマがあるのかななんて思うと、

山の力の強さを感じてしまいます。

温泉出ますしね。

 

霊山、修験の山というのは日本各地にあります。

日本列島の火山ベルト、

中央構造線付近に霊山の多くが見られるのは、

やっぱり昔の人も強い力を持った山のことを

敏感に受け止めていたからなのかなと思えます。

 

火山活動でできた山なら土に栄養もあるだろうし、

ひょっとすると地熱とかも高いのかもしれないです。

土が良ければ植物も元気に育つし、

じゃあ鳥や虫や動物も住めるし、

豊かな自然が形成されていきます。

 

にんげんが山に登って元気になれたり、

時には病を治せたり、

頭や心が清々しくなれたりするのも、

形成された豊かな自然と、

それを生み出した土壌の力が

あったからなのかもしれないですね。

 

心とか精神とか感性といったものに、

力のある土地が何らかの働きかけをするのでしょう。

そこに神さまとか仏さまを感じ、

信仰の対象になっていったのではないでしょうか。

 

なんて、もちろんこんな言葉だけで分析することができない、

もっともっと不思議な謎なものが、

お山には宿っているんだろうと思います。

 

火山がどうだ、自然や動物がどうだ、

だけではきっと理解できないし、

表現もできないもんなんでしょう。

 

毎月石鎚山の奥の院に行って勤行をしたり、

そこからさらに山の奥へ入って歩いたりしていると、

長い歴史の中で石鎚のお山と人がどう関わってきたのかとか、

大きな自然の前の自分の小ささなんかを感じて、

いい心地になれます。

 

機会があればぜひ歩いたり登ったり

お参りしたりしてみて下さい。

 

みなさまの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年3月 9日 (水)

お護摩焚き×2

今日は14時からお護摩焚きをおこないました。

毎週火曜日におこなっています。

 

早朝からは石鎚山奥の院に行って、

神事をしてからお護摩を焚きました。

毎月8日には石鎚山に行ってます。

だから今日は2回お護摩焚きをしました。

 

お護摩焚きでは諸願成就をお祈りしています。

世の中の平穏無事とともに、

「もろもろのお願いごとが成就しますように」

とお祈りしています。

 

何度かここでも書いていますが、

「諸願」ですから、

どんなお願いごとだってかまわないんです。

 

 

だいじなことは、

祈願する自分自身の心に真っ直ぐ向き合えるかどうか、

だと思います。

言葉にして聞かせてくれなくたっていいですし、

態度で示す必要もないですから、

お祈りされる際にはご自身のありのままの心の中と

じっくり向き合って下さい。

 

護摩焚きの時もそうですが、

それ以外の時でも、

どんな人にもお気軽に来ていただきたいんです。

 

もし「周りに合わせることに違和感を覚える」とか、

「誰も自分を理解してくれない」とか、

「変わってると言われたくないから仕方なく普通を装ってる」

といった方で、そんな自分に迷われているなら、

話を聞かせて下さい。

 

悩みを解決します!とは決して言えないですけど、

先入観なしでおうかがいすることはできると思います。

何にも知りませんけど、

「これが正しい」「これがヘンだ」と

決めつけることはしないつもりです。

 

話すだけで、ちょっとでもスッキリしてもらえたり、

「こうすればいいかな」と思ってもらえるかもしれません。

少なくともひとりで悩まれるよりは頭や心を整理できて、

いいんじゃないでしょうか。

 

便利な世の中であるにもかかわらず、

神さまとか運とか考えて日々を過ごしている点、

変わってるといえば変わってるのかもしれません。

だから、何かのお役に立てるかもしれないです。

立てなかったらごめんなさい。

 

勧誘したり、セールスしたりもしませんし、

お気軽に声をかけてくれれば嬉しいです。

 

 

もちろん、毎日に充実されている方もお越し下さい。

知らないことばっかりなので、

いろいろ教えていただきたいです。

 

ご縁の交流ができて、

そこからいろんな可能性が派生していくならば、

それはとても楽しいことじゃないですか。

 

みなさまの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年3月 8日 (火)

忙しい、忘れる

前に、

「忙しい」という字は「心を亡くす」と書く、

ということをここで書いたことがあります。

 

それと、

「忘れる」という字も「心を亡くす」と書く、

とも書きました

 

「忙しい」と「忘れる」は似ているところがあって、

どっちも「ほんとうの自分じゃない状態」だと言えそうです。

 

忙しいからといって必ず物忘れをする、

というわけじゃありませんけど、

その二つはなんだか近い場所にあるように思えます。

 

目の前のことに忙しいと、

だいじなものが見えていなかったり、

後回しになってしまったりします。

 

それは、「だいじなものを忘れている状態」

だとも言えると思うんです。

それは、「ほんとうの自分じゃない状態」

なのかもしれません。

 

とにかく一つ一つ目の前のことを

こなしていかなくてはならないからと忙しくしている裏で、

身近な人が何かを我慢しているかもしれない。

それは緊急なことではないから、

言い出さずに溜め込んでいるだけだったりする。

 

その場合、身近な人の気持ちを、

「忙しい」にかまけて「忘れている」のでしょう。

 

忙しいことはいいことだ、と言う場合もありますが、

そのしわ寄せやツケがのちのち回ってくるんなら、

必ずしもいいこととは言えない場合もありそうです。

 

仕事、お金、自分の時間、家族や友達との時間など、

理想的なバランスは一人ひとり違うものでしょう。

忙しいのがよくて、ヒマや呑気が悪い、

と一概にはいえないでしょう。

 

ただ思うのは、

「忙しくてだいじなものを忘れる」とか、

「ほんとうの自分じゃない状態になる」とかいったことは、

できるだけ少ない方がいいんだろうなということです。

 

なんて言って、

うまいこと怠けるつもりなんじゃないのかっ。

「怠ける」って字は、「台の下の心」?

どんな由来があるのか、調べてみようか。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

○明日14時からはお護摩焚きを行います。

 毎週火曜日に行っておりますので、

 ご都合のつく方はぜひお気軽にご参加下さい。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年3月 7日 (月)

不思議な土地

不思議な場所がすぐ近くにあります。

境内のすぐ近くにある、

たぶん300坪ほどの土地なんです。

茶久楽の窓からもよく見える場所です。

 

あたりは雑木林みたいになっているのに、

そこ一面だけ芝生のような

背の低い草でおおわれているだけです。

ここ数年で雑木林は「つる草」に

けっこう侵食されてたりもしますが、

その部分だけはつる草も伸びていきません。

 

ぼくは毎日というほど境内から

その場所を見ていますが、

行ったことはありません。

別に誰かがこまめに草刈りしている

わけでもなさそうなのに。

岩盤とか、そんな土質なのかな。

 

芝生のじゅうたんみたいなところに、

たぶん杉か何かだと思いますけど、

ぽつぽつと針葉樹があって、

ちょっと素敵なキャンプ場みたいです。

 

キノコの妖精でも出そうなおもむきがあります。

でもキャンプ場ではないし、

公園でもないです。

なんであそこはあんな風なんだろう。

不思議だなあ、というだけの話です。

 

なんかついでみたいに書きますが、

境内からは塩生山(はぶやま)という

小高い山が見えます。

よく見ると山頂に一本だけ

高い樹があるのがわかるんです。

「ドラえもん」の小学校の裏山にある、

一本杉みたいだと思っています。

上の方まで登れるそうだから、

いつか行ってみたいです。

 

志々島も望めますが、

有名な樹齢1000年を超える大楠は

向こう側にあるため見えません。

けれど、島のてっぺんにある一本の樹は見えています。

これもさきほどの一本杉みたいです。

 

以上、「一本杉みたい」というだけの話でした。

 

みなさまの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

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2016年3月 6日 (日)

大祭のお知らせ

石鎚神宮では毎年5月5日に

大祭を執り行っています。

今年のゴールデンウィークは、

5月2日が火曜、6日が金曜で、

飛び飛びに平日があります。

 

企業やお店によっては休みをうまく振り替えて、

一本につながった大型連休になるんでしょうか。

学生さんなんかは小間切れの連休になりそうですね。

 

さて、今年の大祭の内容がひととおり固まりましたので、

ここでもお知らせしていきたいと思います。

 

まず、例年通り本殿にて神事、

続いて屋外にて大護摩供養を行い、

諸願成就をお祈りいたします。

恒例のお餅まきもありますよ。

 

また茶久楽では

雑貨コーナーがあったり、

ハーブの販売・香り袋作り講座が開かれたりと、

店内でも催し物があります。

 

例年は飲み物・ケーキなどの喫茶メニューのみでしたが、

今年は『大祭限定お昼ごはん』を計画中です。

 

また屋外のテントコーナーにて、

四国のおいしいもの、

手作り雑貨やお菓子、お花などが並びます。

たこ焼き屋さんも来てくれることになりました。

 

そして、奉納ライブがあります。

『喜納啓子ファミリー』による島唄ライブです。

琉球の音楽を、たっぷりとご堪能下さい。

 

本番はもちろん、準備の段階から

毎年たくさんの方にご協力いただき、

大祭を執り行うことができています。

今年も多くの方のお力をお借りすることに

なるかと思いますが、

みんなで一緒にいいお祭にできればと思っています。

 

ひとりとか、限られた人数では

できないことがたくさんあるんです。

 

たとえいくら知識があったとしても、

万全の計画だったとしても、

想いが強かったとしても、

ひとりや少数でできることは、

ひとりや少数でできてしまうことでしかないです。

 

「仲間」としてつながることで、

大きなことができたりします。

お祭のように、

「たくさんの人をつなぐ」という行動は、

みんなで取り組んでこそ

「やったー」となれるんだと思います。

 

大祭の内容について、

くわしくはこれからこの場所でも書いていきますね。

 

みなさまの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

 

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2016年3月 5日 (土)

啓蟄

2016年、24節気の啓蟄(けいちつ)は3月5日です。

啓蟄の頃から冬眠していた虫が目を覚まし、

地上に出てくるとされています。

 

昨晩、電灯の周りで2羽の蛾が飛んでいましたし、

今朝は部屋の中に小さな虫が入ってきました。

 

まだ葉が出ていないケヤキに

スズメが3羽くらい停まって、

小枝の先をつついているように見えたのは、

出てきた虫をついばんでいたからなのかもしれません。

 

啓蟄ですよー。

生き物が目覚め始めて、

日常の風景が彩り豊かになっていきます。

 

ぼくが24節気を気にするようになったのは、

まだここ2年ほどでしかありません。

24個全部言えないし、

ましてや順番も憶えていません。

 

ただ、旧暦がおもしろいなと思って、

季節を分ける24節気というものを知ったのが、

ちょうど啓蟄の頃でした。

「ケイチツ」という言葉に

聞きなれない響きがあったので、

印象深く刻まれました。

 

他の節気のことはすぐに忘れても、

虫を見たら「ケイチツに出てきたやつか」

と思ったりとか、

寒い冬に「ケイチツにはあったかくなるはずだ」

と予感したりなど、

ちょっと個人的にケイチツは特別扱いです。

 

春本番まであと一歩、という、

遠足や運動会の前日のようなドキドキが

あるからかもしれません。

 

啓蟄。

明日会う虫たちには、「おはよう」と言ってやろう。

 

この季節には雷が鳴ります。

雷鳴を聞いて虫たちが「ぼちぼち春かい」と

目を覚ますそうです。

 

毎朝ちまちまとスマホのアラームで目を覚ましていることが

ちっぽけに思えるような、

ダイナミックな目覚ましですね。

 

みなさまの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年3月 4日 (金)

3.11

「南三陸みさんが」は、

茶久楽レジ横でお求めいただけます。

被災した南三陸町のみなさんが、

心をこめて手作りされたミサンガです。

 

2011年の震災から、間もなく5年。

昨年のこの時期には、

やはり茶久楽のレジ横で、

ミサンガの販売とともに

「防災パネル」を掲示していました。

大々的に、というわけではないですけれど。

 

今年も、ささやかではありますけど、

防災について考えていただけるような

機会を作ってみたいと思います。

 

「南三陸みさんが」は、

香川県で活動するボランティア団体、

「チーム香川」のみなさんのご協力により、

販売することができています。

 

チーム香川のみなさんが参加されるイベントが

高松であるそうなので、

お知らせさせて下さい。

 

●3月11日、12日に、丸亀町壱番街前ドーム広場にて、

 10:30~15:00です。

 チーム香川さんは「東北物産の販売」をされるそうです。

 他にもたくさんの出店や、体験型の催しがあるようなので、

 ご都合のつく方はぜひ。

 

東北は、遠いです。

震災は、遠い東日本で起きた出来事ですが、

メディアが発達したおかげで、

離れた香川県でも情報を手に入れたり、

考えたりすることができます。

 

とてつもなく大きな自然の力が動くと、

常識や当たり前をいくら振りかざしたところで

どうにもならないことを、

5年前には知る事ができました。

 

そして、物やお金は「活かしてなんぼ」だということにも

あらためて気がつきました。

自然との関係がそうであるように、

物とかお金とも、人と同じ世界で一緒に生きている、

という関係なんじゃないかと思うようになっています。

 

3.11を迎えます。

大切ないのちやモノのこと、

いつもよりほんのちょっとだけ考えてみませんか。

 

みなさまの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年3月 2日 (水)

自然な動き

最近、またちょっと肩こりの気配があります。

今日は月並祭を行いましたが、

肩が凝ってたり、

筋肉疲労なんかがあったりすると、

動きに出てしまうんですよね。

 

妙に機敏になるというか、

手を上げたり、立っている状態から座ったりする時など、

「キュッ」と動いてしまうわけです。

終始そうだったわけじゃないですけど、

今日は時々なってたように思います。

 

妙にビシッとというか、

パリッとというか、

一見かっこよさそうで、

じつは不自然といった感じです。

なめらかな動きじゃないというか。

 

自然にゆったり動きたいんですけど、

身体が固い時、そして緊張したり気持ちが焦ってる時なんかは、

動きに出ているように思うんです。

 

そんな時、

以前、中国武術の先生からうかがった話を思い出したりします。

ゆっくり動くのは難しいことなんだ、と。

力を込めて目いっぱい手や足を動かすのは、

小さい 子どもでもできるけど、

自然に、ゆったりときれいに身体を動かすことは難しい。

柔軟性や筋力も要るし、

心もコントロールできないといけない、って。

 

動きが「キュッ」となっているなと思ったら、

気をつけよう。

身体もほぐさないといけないし、

心が穏やかではないのかもしれないので。

 

「急がば回れ」じゃないけれど、

なんでもかんでも早くやったり、

数をこなせばいいわけではなさそうですから。

じぶんにとっての「自然体」からは、

あんまり頻繁に離れない方がよさそうですね。

 

「急ぐ」はよくても、「焦る」はどうかなあ。

「頑張る」はよくても、「無理する」は違うよね。

 

みなさまの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年3月 1日 (火)

うるう年

閏年の、閏日ですね。

オリンピックがある、閏年です。

 

4年に一度の2月29日、

だからと言って何か変わったことが

起きたわけではありません。

雨が降ったり雪混じりの風が吹いたりしたことくらいで、

普段通りにいちにちが明けて、暮れていきます。

 

閏年のおかげで、

1日は24時間じゃないし、

1年は365日じゃないんだと気が付きます。

 

1日は24時間にちょっと足りない時間なんだけど、

便宜上「24時間で。」ということになっていると。

1年にしてもそうだったんだと再確認するのが閏年。

 

にんげんが作った時計やカレンダーの方を、

太陽や月、地球が回る周期にあてはめていたわけで。

自然のものを数字で割り切るのはやっぱり難しいんですね。

 

さて、あれこれと言いつつも、

カレンダーをめくれば明日から3月です。

毎月1日は月並祭を執り行っております。

 

どなたでもご参加いただけますので、

お気軽にお参り下さい。

 

「ひと月」という区切りがあるおかげで、

予定を立てやすかったり、

服装や冷暖房、食材や贈り物とかいった

生活環境を整えやすいとも言えます。

 

これが、「○月」という区切りがなくて、

「今日は2016年第135日かー」なんて数え方だったら、

何かと不都合でしょうねえ。

 

「こないだ会ったのって第230日くらいだっけ?」

「いや第250日くらいじゃない?」

とか、ややこしい。

 

約30日の「ひと月」という単位は、

便利なもんです。

7月は暑いとか、12月はクリスマスだとか、

季節感もありますし。

そして、今のカレンダーもですけど、

旧暦や24節気もだいじに意識していきたいです。

 

みなさまの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

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