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2016年5月の記事

2016年5月31日 (火)

存在感

冬のことですが、飼っていた犬が亡くなりました。

それから何カ月も経つわけですけど、

家の周りに動物の気配が近くなっているような気がします。

カラスとか猫とかがよくウロウロするようになっているような。

 

飼ってた犬はだいぶ老犬で、

終わりの方はぜんぜん吠えなかったけど、

そこにいるだけでも「他の動物を寄せ付けない」という仕事をしていたようです。

 

少しかもしれないけど、

「存在感」というものがあったということでしょう。

「少し」と「ゼロ」は全く違いますから。

 

だけど、しばらくすると他の動物がウロウロするようになってきました。

ですがそれは、「犬が亡くなった直後」ではないわけです。

 

ハッキリわかりませんけど、

数日とか、数十日とか経った頃からなんだと思います。

 

亡くなった直後からある程度の時間は、

犬の「存在感」の効き目は持続してたんでしょう。

カラスや猫たちは、犬が亡くなった直後に

いきなり侵入するようになったんではなくて、

ある程度の間は探り探りだったんだと思います。

 

そして「どうやらほんとにいないぞ」とわかって、

安心して通過するようになっていったんだと思うんです。

 

犬が亡くなっても、

ある程度の期間は存在感が残っていたんだと思います。

 

飼い主としても、ある程度の期間は、

なんだかそこにまだ犬がいるような感じがありましたし。

 

出先から帰ってきた時、

犬がタッタッタっと駆け寄ってくるようなイメージがよぎって、

「あ、いないんだった」と思い直したり。

「そろそろゴハンを…あげなくていいんだった」と

思ったりする期間です。

 

飼い主としても、じぶんの心の中に残っている習慣を感じると同時に、

その場にまだ漂っている存在感を感じ取っていたのかもしれない、

なんて思うわけであります。

 

そしてその「まだ残ってる存在感」は、

近しい人が亡くなった時にもさらに色濃く感じるのでしょう。

だから人は、亡くなったあと、

四十九日などの法要や祭礼をするんだと思います。

 

「たましいはまだこの世にあるから」というのは、

ほんとうなんだろうとも思えます。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年5月30日 (月)

しっぽ

いつだったか、三豊市に「七宝山(しっぽうざん)」

という山があるということを書きました。

 

その時に、「七つの宝」という名前が、

三豊市の成り立ちにちょうど沿うものだと思えるなあ、

ということも書いたような覚えがあります。

 

三豊市は10年前に、

7町が合併してできた市だからです。

 

海があったり山があったり、

それぞれに名産品や名所があったりと、

「七つの宝」っていうイメージ、

けっこうぴったりじゃないでしょうか?

 

ちなみに、「七宝のかぜ」という歌は、

三豊市のテーマソングにもなっています。

 

で、ここから先はその時に書かなかったと思うんです。

バカバカしいと笑われるかもしれないなと思って。

でも今日は書いてみます。

 

「七宝(しっぽう)」って、

「尻尾(しっぽ)」のことだったりするんじゃないか、

とかも思いまして。

 

グーグルアースや航空写真なんかを見ると、

ちょうど七宝山あたりから瀬戸内海に向けて荘内半島となり、

山地がしっぽみたいな形に縦走しているのがわかります。

 

グーグルアース

 

…どうでしょう。

 

ついでに言いますと、

七宝山のすぐ近く、

仁尾町には「志保山(しほやま)」という山があります。

これもじつは、「しっぽやま」だったりして…

 

何のしっぽかはわかりませんけど、

どちらの山の名前も変わっているといえば変わっているし、

まんざら的外れな推測でもないんじゃないかななんて、

個人的に思っています。

 

昔の風水や地相なんかを観た人が、

このあたりを何かの動物にたとえて、

そうつけたのかもね、と。

 

想像にすぎませんけどね。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年5月29日 (日)

むかしのひと

かなり高齢のおじいさん、

ヒモを結ぶのがとても上手だったりします。

 

ある人は「山育ちだから」と言っていましたが、

子どもの頃の暮しの中で、

色んな結び方を体で覚えていったんでしょう。

 

筋力も衰えているだろうに、

スルスルと器用な手つきで物にヒモをかけ、

キュキュッと結んでしまいます。

 

運びやすいし、ほどけにくいです。

 

そんなのが自然にできるなんて、

現代っ子からするとちょっと不思議というか、

すごいことなのかもしれません。

 

運搬の仕事なんかで使っている人は普通にできるかもしれないですが、

真結びと蝶々結びくらいしか普段は必要ないし、

ヒモの結び方なんてそんなに知らないです。

 

ヒモを結ぶみたいに、

その年代の人たちが知っていた日常的な何でもないことを、

ぼくたちは知らないでいるのだろうなと思います。

 

その年代の人たちが知らない便利なことは、

ひょっとするとたくさん知ってたり、

使えてたりするかもしれないですが、

不便な中での体や道具の使い方は、

おじいさんやおばあさんに到底及ばないです。

 

「おばあちゃんの知恵袋」みたいなことも、

受け継がれなくなっているんじゃないかな。

 

たぶん、昔の人が当たり前に持っていた生活の知恵は、

今、インターネットという引き出しの中にあるのかもしれません。

 

ぼくたちは、必要な時に、

必要なものだけネットから知恵を取り出せばいいのでしょうけど、

何かさみしい気もします。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年5月28日 (土)

お山開きのこと

ちょっと先の話ですが、

7月にはお山開きがあります。

 

石鎚山のお山開きは、

毎年7月1日から10日までです。

 

この時期、四国だけでなく、

中国地方や九州、関西、

あるいはもっと遠いところからもたくさんの方が訪れ、

お山へお参りに登られるんです。

 

白装束に身を包み、

山頂や成就社さんなどを目指して歩みを進めていきます。

一年のうちで、お山が最もにぎわう時期です。

 

ひと昔まえほどのにぎわいは見られなくなっているとは言っても、

やはり土曜日曜を中心に多くの人がお登りになります。

 

もし何かご祈念したい事があるという方は、

ぜひ夏山開きの機会に登拝なされてはいかがでしょう。

 

この時期のお山は緑が深く、

過ごしやすい気温でもあるため心地よいお参りができるかと思います。

 

もっとも、梅雨時期でもありますから、

雨になることも多いのですが、

それはそれで厳粛な空気に触れることができます。

 

豊かな自然に触れ、

ご神体であるお山を体中で感じていただくことができる時期です。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年5月27日 (金)

時代劇

 

時代劇を子どもが見るのって、

いいことだと思います。

 

いい者と悪者とがハッキリしててストーリーがわかりやすかったり、

カッコいいアクションシーンとかもあったりするわけで、

子どもでも見やすいでしょうし。

 

それに、昔のこととか、

日本の文化のこととかも自然に学べるし。

丁寧な言葉使いやこむずかしい言葉も、

無理なく耳から入ってきます。

 

お侍さんのちょっとした所作、

礼儀なんかも、役者さんがやるからキレイだし。

 

不便な時代の助け合い方や、人情がわかるし。

 

美しい着物、職人に手入れされたお庭、

ふつうの人が入れないようなお城の中だって写るし。

 

歴史の知識が身につくし。

 

今の価値観に合わないところがあるかもしれないにしても、

上下関係、目上の人を立てるということを知れるし。

 

日本全国、津々浦々の風景を感じられるし。

 

単なるエンターテイメントとしてだけではなくて、

時代劇から得られる教養はいっぱいあると思います。

 

昔の商家にご奉公に来たデッチさんには、

勉強のために寄席へ行かせることもあったそうですね。

楽しんで落語や講談、浪曲を観ながら、

人付き合いや礼儀作法などを学べたからだと言います。

 

時代劇を見るのも、それに似てるのかなと思います。

2016年5月26日 (木)

虫2

昨日の、虫の話の続きです。

 

むかしは、体の中に虫がいて、

人の心なんかに何らかの働きかけをする、

という考え方があったそうです。

 

「虫の知らせ」という言葉は、

大切な出来事や遠方での出来事に不思議と気付いてしまう、

というもので、

体内の虫がを予言してくれているのだという考えから来ています。

 

「虫が好かない」

「腹の虫が治まらない」

といった言葉も、

体内の虫が感情に作用しているという考えからです。

 

ぼくはこれを、

ある種ほんとうのことなんじゃないかと思うことがあります。

ほんとに体の中にそういうのを知らせる虫が住んでいるわけじゃないでしょうが、

「人の心」というものの中に、

「時々出てくる虫のようなもの」

があるんだと思うんです。

 

その虫ひとりで勝手に行動を起こすとは限らなくて、

そとの世界にいる実際の虫たちと意思疎通しているんじゃないか。

 

虫って、言葉を吐かなくても意思疎通し合えるじゃないですか。

体内に虫がいるなら、

外部の虫と通信し合うことができるかもしれない。

 

たとえば「虫の知らせ」は、

外部の虫が体内の虫に事件を伝えてくれているのかもしれない……

 

……ちょっと空想が過ぎてしまったでしょうか。

 

でも、最近どうも、

虫に限らず動物や植物にも優しくしておいた方が、

いいことがありそうな気がしています。

 

 

モラルとかの問題だけじゃなくて、

もっと直接的な理由です。

 

優しくしてると見方してくれるし、

危害を与えたりすると嫌な目にあわされるんだと思います。

 

人の心の動きを見てるのは、

人だけとは限らないと思います。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年5月25日 (水)

一寸の虫にも五分のたましい

確かめようのないことなのかもしれないですけど、

人間の日常生活に、

思っている以上に虫が深く関わっているんじゃないかな、

と考えることがあります。

 

冗談だと思って、軽く読んでもらえればありがたいです。

確かめようのないことですし。

 

いや、虫に、

人間にわからない感情があったらどうしようと思うんです。

 

もしですよ、風の谷のナウシカみたいに、

虫同士が意思疎通し合うことができて、

時には「人間の生活をどうこうしてやろう」

と思うことがあったとしたら…

 

「害虫だ」と言われて、

人間にやっつけられようとする瞬間に、

ピピッと電波みたいなのを飛ばして仲間に発信して、

情報を伝達しているかもしれない。

 

情報を受け取った仲間は、

どの人間が仲間をいじめたのかがわかってます。

 

そして、あんまりひどいやつには復讐するんです。

刺すとか噛むとかとは限らず、

もっと間接的な手段で。

 

人間はそれを「虫のしわざだ」などとは気づかなくって、

知らない間に体調を崩したり、

ストレスが溜まったりしてしまう。

 

あくまでたとえ話、想像の話ですよ。

 

虫を見てて思っただけの、

何ら根拠のない話です。

 

だけど、あの動き方、

たたずまいを見ていると、

どうも人間とは全く違う感性が働いているようにしか思えないですから。

 

それに、たぶんぼくたちが思っている以上に、

そして常識だと思い込んでいる部分を越えて、

身近で大事な存在のような気がしています。

 

さっきの、「どの人間が敵かを見てる」という話に戻ると、

どの人間が自分たちに好意的なのかも、

同じようにわかってるんだと思います。

 

「一寸の虫にも五分のたましい」とも言いますが、

五分どころか、

人の料簡では測れないたましいを持っているんじゃないかな。

 

たぶん人間は虫をもっとリスペクトした方がいいと思います。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年5月24日 (火)

支援物資

詳しくお伝えするのが遅くなってしまいましたが、

5月5日の大祭に設置した「被災地支援ブース」にお持ちよりいただいた物資は、

14日に熊本に届けられました。

 

石鎚神宮に集められた物資は、

兵庫県西宮市を拠点に活動されている

一般社団法人みんなの居場所DREAM

さまにお送りしました。

 

その後、DREAMさまより、

被災地の団体にお届けいただいたとのことです。

 

ご協力いただきましたみなさま、ありがとうございました。

 

現地では今でも不便な生活を強いられている方がたくさんいらっしゃいます。

仮設住宅の受け入れが始まっている地域もありますが、

まだまだ困難な状況が続いているそうです。

 

家の片付けができない、

田畑の作業が追い付かない、

など、人の手を必要とする問題が山積しています。

 

また、ご年配の方の健康面、

介護できる人の不足など、

多岐にわたってボランティアの募集が行われています。

 

震災が起きて約ひと月が経ちましたが、

乗り越えなければならないことはたくさんあるようです。

 

今から、ここからでもできることがあると思うので、

自分たちができることをもう一度見極めていきたいと思っています。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年5月23日 (月)

いでさらい

今日の午前中はご近所の道路掃除でした。

「いでさらい」とか「道づくり」と呼んでいる、

年に一回の行事です。

 

ご近所の人みんな出てきて、

あっちの草むらがどうのとか、

こっちの溝でスコップがなにしたとか、

わいわい言いながらやっています。

 

おなじみのおじさんやおばさんにも、

久しぶりの人にも会えて、

何でもない話ができるのも楽しみです。

 

ちょうど一週間前には、

境内で植樹会がありました。

90人ほどの方が集まって下さったそうです。

 

ここでも、

みんなでわいわい言いながら作業して、

一緒に苗を植えていきました。

 

道路掃除も、植樹も、

もっと少人数でやろうと思えばできます。

機械をうまくつかったり、

プロに頼んだりとか、

より効率のいいやり方もあるでしょう。

 

だけど、みんなでやるからいいんだと思います。

みんなでやるのって、非効率的だったり、

面倒くさかったりいろいろありますが、

でもお互いに関わることが交流になりますし。

 

仕事だとそうはいかないでしょうけど、

隣近所や、知らない人同士が集まって、

「一生懸命かつ楽しくわいわい」やる場所は、

大事にしたいなと思います。

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

石鎚神宮 社務所より

2016年5月22日 (日)

写真について

写真のことを、ついでですので続けて書きます。

 

何年も前ですが、講演を聴いた時に、

「今はいろんな形で記録に残せるから、

故人との距離が昔より近い」

というお話がありました。

 

たとえば、亡くなった往年の大歌手の歌を聴きたいと思えば、

記録として残っているCDを再生すれば、

その人はもういないにも関わらずその人の声を聴けます。

 

ビデオだと、声だけでなくその人が動いている姿までも

見ることができます。

 

写真があれば、その人のありし日の表情を、

目で見ることができるというわけです。

 

もし写真やCD、ビデオといったものがなければ、

過去のものを「再生する」ということができないわけで、

もしそれに近いことができるとすれば、

その人の思い出話をしたり、

歌や言葉なんかを語り継いでいくことなのかもしれません。

 

また、記録というものが残らない分、

現在を受け止める感覚も鋭いものになるのかもしれないです。

 

今は確かに、写真やCD、

ビデオといったものが当たり前に普及しているのだけれども、

だからといって「現在を受け止める感覚」が鈍くなるのだとすれば、

それはもったいないことであるようにも思えます。

 

カメラなんかはあくまでも道具だから、

それはそれで上手に使って、

現在を感じながら日々を過ごしていきたいなと、

自分としては思うんです。

 

でもねー、やっぱり便利なものに囲まれているから、

どうしても機械に任せちゃって、

鈍くなってしまっている感じがするなあー。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年5月21日 (土)

写真2

昨日書いた、

「境内では基本的に写真撮影していただいても大丈夫です」

ということの、続きと言えば続きかもしれません。

 

インドの寺院を見学に行った時、

長髪の、白髪交じりの、ヒンズーのお坊さんが中を案内して下さいました。

 

その時に言われたのが、

「写真は撮るな」でした。

 

お坊さんはその理由を説明してくれました。

 

写真を撮っても、

今、眼で見ている景色がそのまま残るわけではない。

 

今、眼で見ている景色は、

君の「マインド」に残る、と。

 

ぼくと、一緒に行った友人は、

写真は撮らず、

見学してお参りさせてもらいました。

 

その時の景色を、全てではないですが、

断片的に覚えてます。

そこにあった彫刻とか、

人の表情や音といったものの詳細までは残っていないけど、

その場その場の質感はぼんやりと頭の中にあります。

 

生きた記憶になって、「マインド」に残ってくれています。

 

今、便利になって、

スマホで毎日ちょいちょいと写真を撮っていますが、

できるだけその場その場の風景や音、空気感なんかを

自分の「マインド」に残していけるようにしたいとは思っています。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

 

レンズやファインダーよりも、感覚のほうがはるかに高性能。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年5月20日 (金)

写真

写真のことを、ときどき考えます。

 

じぶんとしては写真を撮るのはあまり好きな方じゃなくて、

ファインダーをのぞきながらアングルを考えたりする時間も、

できればじぶんの目でその場の景色を見ておきたいという思いがあります。

 

だけどこのごろはスマホがあって、

ホームページやフェイスブックなんかで使いたいし、

スッと出してパシパシ撮るようになっています。

 

「境内の写真を撮ってもいいんですか」とか、

「行事ごとのようすを写してもいいんですか」と

尋ねられることがありますが、

基本的に撮影していただいても大丈夫です。

 

ただもちろん、勝手に扉を開けてだとか、

おまつりの進行の妨げになるような場所でだとか、

周りの人が不快に思うような撮影の仕方だとか、

そういったことはご遠慮いただきたいです。

それは、世界中どこでも同じだと思います。

 

 

ぼくが思うのは、

境内の写真を撮ることがいいとか悪いとかではなくて、

撮る方がここに来られた「目的」にそぐわないのであれば、

写す必要はないだろう、とは思います。

 

もし、深刻な悩みを解消したくてお参りに来られた、

ということだったとするなら、

写真のことを考えるよりも、

まず気持ちを鎮めて一心にお祈りしていただいた方がいいと思います。

 

シャッターチャンスを待って、

パシャリとボタンを押している気持ちの余裕はないはずでしょうから。

来られた「目的」に、撮影するという行動はマッチしないように思います。

 

 

なににせよ、

写真撮影については規制しているわけではありませんのでご安心ください。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

キレイな景色、お友達やご家族との記念撮影、どうぞパシャリと。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年5月19日 (木)

先輩がた

テレビや本の中の話、

または誰かのうわさ話なんかも面白かったりしますが

人生経験を積んだ方たちが語ってくれる実体験はやっぱり面白いし、

ためになるなあと感じます。

 

60、70、80代の人の、

現役時代の苦労話なんかは、

いろいろ考えさせられますしね。

 

一方で、ひと昔前だからこそできた豪快な遊びとか、

無茶な行いなんかを臨場感たっぷりに聞かせてくれると、

そこらへんの映画やドラマなどよりワクワクします。

 

これからも機会があるごとにたくさん聞きたいです。

 

同世代とか、現役の人同士のつながりが

大事であることに間違いはないでしょうけど、

タテの結びつきも大事にしていかないとと思います。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年5月18日 (水)

メモ

今年は何年かぶりに手帳を使ってます。

自分なりに活用してたつもりですが、

ここふた月はほとんど空白になってました。

 

何なら、大祭からの10日間ほど、

どこに置いてたかわからなくてほったらかしでした。

 

春ごろから何かと忙しくって、

駆け足してるうちに初夏になってしまった感じなんですが、

「自分は、あわただしくしている時にメモを取らんのだな」

とわかった次第です。

 

ほんとうはそんな時のためにこそ、

情報を整理するためにメモを取るべきなのかもしれません。

実際、あれこれやってるうちに忘れごとをしちゃったり、

ものごとのつじつまが合わなくなったりもしたんですが、

それでも手帳の優先度は低い状態が続いてました。

 

この2か月ほどのおかげで、

自分が手帳を使う主な理由って、

考えごとをまとめたり、

忘れないようにするためだったんだとわかったのであります。

 

スケジュール管理は、壁掛けのカレンダーやスマホでやってしまう。

 

駆け足で日々を過ごしてると、

考えごとや感じたことが熟成されていかないというわけではなくって、

色んな人と話したり行動したりするから、

それなりにインプットやアウトプットもしてるんです。

 

この春に得た多様な経験はどれも貴重だから、

こころやあたま、からだで憶えておくと同時に、

落ち着いた時に手帳に記しておきたいと思ってます。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年5月17日 (火)

唐突ですが、「竜」って何なんでしょうね。

大昔からあがめられたり、恐れられたり。

吉だとか凶だとか言われて。

 

遠い存在のようで、身近なようでもあり。

東洋、西洋を問わず、伝説などあって。

 

哺乳類が生まれる前の、

爬虫類だった頃の記憶が体に残ってるからだとか、

いやほんとうに竜は生きて存在してるんだとか、

眼には見えてないだけでどこかにいるんだとか。

 

謎ばかりだし、だけど実は人間の生活にすごく重要な

影響を与えているかもしれないと思えたり、

とても不思議です。

 

竜の謎はとてつもなく壮大なもので、

全部を証明することなんてわれわれにはできっこなさそうですが、

身近なところでも「竜みたい」と思うものが

しばしば見られるような気がしています。

 

たとえば、大木の太い枝が幹からググーッと伸びているさまは、

まるで竜みたいです。

 

また、大きく焚いた火などが上昇するさまも、

竜みたいに見えます。

 

川などの流れもそうです。

 

土も、土石流、地割れという形で、

竜のような姿を見せます。

「土竜」と書いて「もぐら」と読むのは、

どうなんだろう?

 

陰陽五行の考え方では「木、火、土、金、水」

の五つが、この世の中で大切な要素だとされていますけど、

それらそれぞれの中にきっと竜を見出せるんじゃないかと思ったりするんです。

 

ただ、「金」については、

どんな風に「竜」を示すのかイメージできていないので、

もうちょっとじっくり考えたり見たり感じたりしてみます。

 

陰陽五行と竜について、「関係ありそう」とは思うものの、

仮説にもなってないですね。

 

何なんでしょうね、竜って。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

余談ですが、5月になって2回、

境内でヘビがうろうろしているのを見ました。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年5月16日 (月)

今日は植樹会

今日は境内で菅生会(すがおかい)さま主催による植樹会がおこなわれました。

 

お天気に恵まれ、また思った以上にたくさんの方にお集まりいただき、

さらには当初予定していた以上の多くの苗をご用意いただき、

とても清々しく和やかな集いになりました。

 

植樹の後は、主催者のみなさまによって手打ちうどんが振る舞われ、

それもまた楽しいひとときであったかと思います。

 

関係者のみなさま、ご参加いただきましたみなさま、

ありがとうございました。

暑い中の作業となり、お疲れさまでした。

 

今日、植えられた苗たちはすべてまだ小さいものですが、

これから年月をかけてどんどん高く、太く伸びていきます。

 

今の子供たちと一緒に大きくなって、

次の世代、また次の世代のひとたちと一緒に生きてくれます。

 

また、森となったその場所をよりどころにして、

虫や鳥などさまざまな生き物が集まってくれるでしょう。

 

利便性もないし、華やかさもないかもしれないけど、

 

いのちがいのちを包み込むその場所は、

きっと多くの人のこころに優しくあり続けてくれるのだと思えています。

 

お越しの際には、

ぜひ今日生まれた小さな森をご覧になって下さい。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

個人的には、あれこれと他用があって作業に専念できなかったのが残念でした。

いっぱい植えたかったんですけどねー。

せめて写真をアップします!

 

石鎚神宮 社務所より

2016年5月15日 (日)

明日は植樹会

連日同じ話題になってしまいますが、

いよいよ明日は植樹会。

 

主催者さまがご用意して下さったものに、

有志で持ち寄って下さった苗を合わせて、

どうやら1500本ほどになりそうです。

 

それらを植えて、常緑樹の森をつくります。

主になるのは、カシやシイなど、

どんぐりを実らせる木々です。

 

梅林や桜並木のような華やかさはありませんが、

落葉しませんから一年中葉っぱがあります。

 

一時的に注目を集めて鑑賞されるようなものにはならなくても、

冬でも青々と、つややかな葉を陽の光にきらめかせて、

安心させてくれるでしょう。

 

きっと、にんげんは自然の中の一部なんだと大いに感じさせてくれるでしょうし、

好き勝手に利用するばかりでなく、

自然と共生することの嬉しさを学ばせてくれるだろうと思います。

 

お天気もよさそうだし、

とても楽しみです。

 

★植樹会のお知らせ★

一緒に木を植えませんか?

ご興味のある方、お気軽にご参加下さい。詳細はこちら

特に予約などしなくても大丈夫です。

お問い合わせは、石鎚神宮にメールでどうぞ。

 

<植樹会>

主催:菅生会(すがおかい)

場所:石鎚神宮駐車場周辺

日時:5月15日

 (9時30分ころ受付⇒10時ごろ開始。1時間程度の作業のあと、おうどんをどうぞ)

○小さなおこさまから大人まで、どなたでも参加できます

○できればスコップや軍手をお持ち下さい

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年5月14日 (土)

植樹会は15日

最近、しばしばお伝えしていますが、

あさっては植樹会があります。

 

「その土地に合った森がある」という考え方を知って、

興味を抱くようになって2,3年になるかもしれません。

 

気候風土に合った、その土地本来の森とは、

にんげんが手入れしなくても自然に形成されていくものです。

さんぱつしたり、草むしりをしたりしなくていい場所です。

 

何十年とかけて苗がみんなで成長していく過程で、

枯れるものや、あまり伸びることができないものも出てくるでしょう。

 

そういったものもひっくるめて、

ひとつの森になっていきます。

 

森は、高木、中低木、下草やコケ、バクテリアに至るまで、

みんながちょっとずつガマンしながら、

寄り添い合って生きていきます。

 

年中葉っぱのある常緑樹の森には、

やがて小さな動物や虫、小鳥たちが憩う場になるでしょう。

そこはもちろん人間も安心できる場所になるはずです。

 

ちょっとでも関心のある方、

ぜひぜひ森づくりに関わってみて下さい。

 

じぶんたちが生きている間もずっとあって、

その後もずっとある、そんな場所です。

 

 

★植樹会のお知らせ★

一緒に木を植えませんか?

ご興味のある方、お気軽にご参加下さい。詳細はこちら

特に予約などしなくても大丈夫です。

お問い合わせは、石鎚神宮にメールでどうぞ。

 

<植樹会>

主催:菅生会(すがおかい)

場所:石鎚神宮駐車場周辺

日時:5月15日

 (9時30分ころ受付⇒10時ごろ開始。1時間程度の作業のあと、おうどんをどうぞ)

○小さなおこさまから大人まで、どなたでも参加できます

○できればスコップや軍手をお持ち下さい

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年5月13日 (金)

自動化

お祓いや行事ごとなど、

なかなか自動化できないものだと思っています。

 

「最近は便利な機械があるので、これでお祓いしましょう」

というわけにはいかないもんです。

「昔は祓えなかったケガレが、

最新のマシンでついに祓えるようになった!」

というわけには、なかなか。

 

これからも、生身の人間がやることになるのでしょう。

だけど、昔と全く変わっていないのかと言えば、

そうとも言い切れないでしょう。

 

長い時間をかけて、

儀式などにおいては簡素化されてきた部分もあります。

 

また昔の人と日常生活の過ごし方も違いますから、

拝む側の心のありようも、

きっと昔とは質が違うんだろうと思います。

 

 

とは言え、人間はどこまでも人間で、

心というものを持っています。

その点で、決してマシンではありませんから、

どこかで「形として見えないもの」との接点を持ち続けることになるのでしょう。

 

お参りとかおまつりとかが、

人間の心と見えないものとをつなぐ接点のひとつになるんだと思っています。

2016年5月12日 (木)

植樹会

ひと月ほど前に告知してから、

なかなかあらためてお知らせできていませんでしたが、

今週の日曜日に植樹会があります

 

境内の一角に、1000本以上の苗を植える会です。

常緑樹を中心とした小さな苗は、

やがて競い合いながら一緒に森を形成していきます。

 

そして、小さな動物が憩い、

雨風から土地を守ってくれるようになるでしょう。

 

大木になるには何十年とかかるでしょうが、

10年も経てばかなり見ごたえのある森になっているはずです。

 

イオンさんや新日鐵住金さんの森などと、

考え方は共通しています。

 

何十年、何百年と、

ずっとそこで生きていってくれる森づくりに、

ぜひみなさまもお気軽にご参加ください。

いっしょに木を植えましょう。

 

樹を植えた後、おいしい手打ちうどんのお接待がありますよ。

ご興味のある方、お気軽にご参加下さい。

特に予約などしなくても大丈夫です。

お問い合わせは、石鎚神宮にメールでどうぞ。

 

<植樹会>

主催:菅生会(すがおかい)

場所:石鎚神宮駐車場周辺

日時:5月15日

 (9時30分ころ受付⇒10時ごろ開始。1時間程度の作業のあと、おうどんをどうぞ)

○小さなおこさまから大人まで、どなたでも参加できます

○できればスコップや軍手をお持ち下さい

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

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2016年5月11日 (水)

お護摩

今日は火曜日ですので、お護摩焚きを行いました。

年明けからほぼ毎週行っていますが、

ぼつぼつとお問合せをいただくようになっています。

 

あらためてお伝えすると、

毎週行うようになったのは、

気兼ねなく来ていただきたいからです。

 

今週を逃しても来週、再来週がありますし、

護摩木代をお持ちいただければあとは何もいりません。

ご都合のつく時、思い立った時に、

いつでもお越しいただきたいと思います。

 

護摩木に書いていただく祈願は、

どんなものでも構わないんです。

「家内安全」「商売繁盛」など、

予め書かれている護摩木もありますが、

祈願の内容をご自身で書いていただけるものもご用意しています。

 

「接客が上手になれるように」とか、

「親戚の親子ゲンカが収まりますように」とか、

何でも大丈夫です。

 

ぜひ、正直な気持ちを護摩木に託していただき、

お護摩の火に向えて心静かにお祈りしていただければと思います。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年5月10日 (火)

反省

大祭から4日経ちました。

片付けをしたり、ふらりと遊びにでかけたりして、

ゆっくり過ごさせてもらっています。

 

企画、準備から本番まで、

一気に駆け抜けた感じがありますが、

おまつりが終わった今となっては、

安心や喜び、また反省の気持ちが

ないまぜになっているような状態です。

 

ひとまず事故なく終えられたことや、

お天気にめぐまれたことにホッとしています。

 

だけど、多くの人を残念にさせてしまうような

大きな問題点は思い当たらないにしても、

少し細かい部分での反省点はあれこれと思い浮かぶのです。

 

お参りの方や、前日までの設営、撤去、

当日の運営に携わって下さった方々に、

気持ちよく過ごしていただけなかったところや、

ムリをしていただいたところがあるかとも思えます。

 

一緒に大祭を迎えて下さる方々とうまく連携を取りながら、

1人残らずみんなが嬉しくなれるような、

そんなお祭りにしていければと考えています。

 

まだまだ至らないところがたくさんありますが、

お気づきの点はご指摘いただければありがたいです。

 

いいところを伸ばして、

問題点を改善していきたいと思います。

 

来年の大祭も、

そしてそれまでの日常でも、

なにとぞよろしくお願いいたします。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

おかげさまで、今年はほんとに和やかでいいお祭りになりました。

 

石鎚神宮 社務所より

 

○明日14時からはお護摩焚きを行います。

 毎週火曜日に行っておりますので、

 ご都合のつく方はぜひお気軽にご参加下さい。

2016年5月 9日 (月)

高知

高知に行くとなんだか気持ちが弾みます。

 

あったかくて日差しが強い南国であるからだったり、

対岸が見えない太平洋に面しているからだったりするのかもしれません。

 

同じ四国だけど、大きな山地をひとつ隔てているから、

街をうろうろしていると異なる文化を目にする機会が多くて、

ちょっとした異国情緒を感じてしまいもします。

 

市街地は活気があって、力をもられました。

街の人も気さくで大らかな感じです。

 

まあ、そこに住んでいるといろいろあるのかもしれないですけど、

時々遊びに行く分には、とってもいい気分転換をさせてもらっています。

片道1時間ちょっとでできる、南国トリップ。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

 

石鎚神宮 社務所より

2016年5月 8日 (日)

被災地支援ブース

大祭当日、境内にて「被災地支援ブース」を設置し、物資を募集いたしました。

 

◆ブースでおあずかりしたもの◆

○ティッシュ × 4箱

○赤ちゃんのおしりふき(80枚入) × 15P

○ウェットティッシュ(80枚入) × 5P

○除菌ウェットシート(10枚入) × 2P

○除菌ウェットティッシュ(30枚入) ×18P

○生理用品 × 12P

○カップめん × 13P 

 

お持ち込み下さったみなさま、ありがとうございました。

集まった物資は神戸のボランティア団体さまにお送りし、

 

14日に現地へと運ばれます。

 

☆『本日、シャムショより』はゴールデンウィーク仕様で更新しています。

明日以降、少しずつ通常運転に戻していきます。

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

石鎚神宮 社務所より

2016年5月 6日 (金)

大祭

本日、大祭が滞りなく行われました。 お集まりいただきましたみなさま、 ご支援いただきましたみなさま、 ありがとうございました。 みなさんの今日が平穏無事でありますように。 石鎚神宮 社務所より

2016年5月 3日 (火)

今日は近くの林でヒノキを切らせていただきました。 大祭のお護摩焚きで使用するためです。 雑木林ですが、 下草が生えそろっている中で、 20センチばかりの幅の道が一本通っていました。 ケモノ道だと思います。 タヌキとかイノシシとかが通ってるんですね。 普段あまり人が踏みいれない場所でしょうから、 できるだけ荒らさないようにと思いつつ、 ヒノキの枝を切りました。 みなさんの今日が平穏無事でありますように。 石鎚神宮 社務所より

2016年5月 2日 (月)

『チーム香川』のみなさんのご協力で、

震災が起きた熊本の現状について、

情報を得ることができました。

 

交通の復旧が進み、

米や水の不足はかなり解消されているようです。

 

今の時点で不足しているものは、

 

○紙皿(平らなもの、スープ皿のような深さのもの)

○調味料(味噌、醤油など)

○紙コップ

○おしりふきシート

○歯ブラシなど衛生用品 など

 

とのことです。

 

石鎚神宮でも、

5日(こどもの日)に行われる大祭に合わせ、

境内にて支援物資を募ることができればと思っていますが、

まだ細かい部分を調整している段階です。

 

詳しく、ハッキリとしたお知らせは、

態勢が整い次第にいたします。

 

もし「支援物資受付ブース」を設置する運びとなれば、

その際にはぜひみなさまにご参加いただければと思います!

 

みなさんの今日が平穏無事でありますように。

 

 

 

石鎚神宮 社務所より

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