カテゴリー「ボランティア」の記事

オセロうっかり

今日も昨日と同じ福祉施設でのお話ボランティアに行きました。2日続けてというのは滅多にないんですが、今月は他の予定との兼ね合いでそうなりました。今日はいつもオセロで対戦するSさんという男性でした。

今日はまず僕が戦勝し、2試合目に突入。しかしそこで大失敗をしてしまいました。たかがオセロ、しかしその単純であるがゆえの奥深さを改めて思い知ったのでした。

たった1手、うっかり僕が間違えたんです。それはまだ四分の一くらい指した段階だったのですが、そこからの四分の三試合、かなり工夫して指したにもかかわらず、Sさん有利な状況を打破することはできませんでした。好転の兆しすら一度も現れず、終わってみれば僕の色は6マスしか残っていませんでした。

悔しいというより、1手の重みに感心しました。うっかり打ったあの1手で全てが決まってしまい、元にも戻らなければ事態はどんどん悪化するばかりでした。こういうの、オセロ以外のいろんな場面で起こりうるんでしょうねえ。しかも、オセロのように単純であるほど挽回が難しい。選択肢が限られてますからね。なにをするにも、うっかりには気をつけよう。

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演歌歌手

高瀬町の福祉施設でのお話ボランティアの日でした。今日は2人の方と1時間ずつお話しました。Hさん(女性)のお部屋には新しい金魚が1匹増えていました。趣味の話や旅の話など、いろんなことお話をしました。

Hさんはある演歌歌手の大ファンで、もう何十年ものファン歴だそうです。ファンクラブにも入っているし、何度もコンサートを観に行ったことがあるそうです。その歌手さんが結婚したときには、何日もごはんがノドを通らなかったほどです。

なんとHさんはその有名演歌歌手さんからお手紙をいただいたことがあり、それを僕に見せてくださいました。

歌手さんの直筆のお手紙でした。楽屋で走り書きしたものでした。「いつもお手紙ありがとうございます」と、急ぎながらも丁寧な、それでいて親しみやすい話し言葉で綴られた手紙でした。引き出しに大事にしまってあったその手紙を、Hさんは惜しみなく読ませてくれました。演歌歌手さんは立派な人だなあと思いました。

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無言のやりとり

お腹をこわしていたので書き込むことができませんでしたが、18日は対話ボランティアに行ってきました。今回もSさん(男性)とオセロをして、いつもお話しているHさん(女性)と1時間ほど雑談しました。

Sさんが不自由な手で描いた水彩画を掛けている壁があって、今回はそこで対戦しました。その絵がまた独特な世界観が表現されていて、限りないイメージの中にどこまでも深く引き込まれていくようです。他の作品もいつか見せてもらう約束をしました。

Sさんとのそれまでの対戦成績は僕の2勝3敗1分でした。僕は全く手を抜いているつもりはありませんが、Sさんの熟練の技にいつも悩まされています。白と黒、64マス、先手と後手、という単純極まりないゲームですが、その単純さゆえの奥深さがあり、Sさんとの毎試合にドラマがあるのです。ちなみにどこかの数学者が計算したところ、確率から見てオセロというゲームは圧倒的に後手有利なのだそうです。

対話ボランティアのくせに対戦中はお互いあまり多くは話しませんが、一試合の中で無言の内に交わしている言葉にならないやりとりがいくつもあります。そういうのは無言で続けるキャッチボールに似た感覚なのかなと思います。ボールのやりとりだけでなく、なんだかわからないけど何かが残っているという。ちっちゃなころから気軽にできるオセロですが、勝敗そのものよりもその無言のやりとりがおもしろかったりしますね。こういうのも「対話」ということで、いっか、って思っているのです。

その日は1勝1敗でした。みなさんもたまにはオセロ、やってみては。

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純粋は吸収率がいい

今日はご老人に暮らしのニュースお届けの日でした。今日のお題は「売れ筋おせち」「タヌキ増えて困った」「7日は大雪(たいせつ)」でした。朝からしょぼしょぼと雨降りで、人数はいつもより若干少なめでしたね。

社協の職員さんが「始まりますよー」と声をかけてくれると、利用者のみなさんが座布団を手に手に前のほうに集まってきてくれるんです。毎回、話しはじめる前は少し不安なんですが、そうやって聴く体勢になってくれるとすごく気持ちがほぐれます。職員さんが無理に煽らなくても、一声でみなさん素直に反応してくれるので嬉しいですね。

僕のお届けするニュースなんてほんとうに小さなことで、大きな社会からみればほんの些細な出来事なんですが、それを正面から素直に聴いて下さいます。子供のように純粋だと言っていいと思います。大人でありながらそれができるのは、ひととおりの人生経験があるからなんでしょうね。

けど、年齢を問わず、どんな年代でもそういう姿でいられれば素晴らしいと思います。自分に直結していなくとも、ありふれた些細なことでも、純粋に正面から向き合う。どんなことに対してもそれができれば、ものすごくたくさんのことを吸収できると思います。知恵も得られる、感受性も磨かれるはずなんですが、実際はなかなかできませんね。

多少の欲は持っていいと思いますが、大人って往々にして欲張りすぎてしまうんでしょうか。本来は誰しも純粋なところを、過剰な部分の欲が覆いかぶさって、遠回りしてしまっているような気がするなあ。無理な力をかけないほうが、得られる結果って大きいんだろうな、って、予感だけはします。実行して、実感したいです。

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会話で呼吸をしています

高瀬町環境センターにて暮らしのニュースお届けの日でした。今日のお題は「高松駅110周年」「定年後の生きがい」「タクシー値上げ認可」の3つでした。いつも女の人だけなんですが、今日はおじいさんが来てくれていたなあ。

回を重ねるごとにみなさんリラックスして聞いてくれているように思います。ありがたいことです。話し手のこちらと、聞き手のみなさんの距離がだんだん近くなっているのがわかります。始める前に、今日はこれとこれについてお話しますよという簡単なプリントを配るのですが、配っているときから「へーこんなことがあったんか」「これはどういうことかなあ」と、プリントの内容についてあちこちで話をしてくれているのが聞こえてきます。みなさん積極的に聞いて下さって、すごく話しやすいです。

ここで笑ってほしいな、と思って投げかけると笑ってもらえるし、みなさんはどうですか、と問いかけると誰ともなく答えてくれます。話し手と聞き手の間で、上手く呼吸ができるようになってきたなと感じます。話すこちらも、どういう感覚でお話すればいいのかを模索していますし、聞いて下さるみなさんも、どういう感覚で聞けばいいのかを模索しています。それが回を重ねるごとに、少しずつお互いに何かを掴めてきたんでしょう。

まだまだ話もへたくそなので、もっと進歩しないといけませんが、一歩ずつ前に進んでいるなと思えるので嬉しいんです。もうちょっと前に進めたら、また次のステップに行きたいなあ。今は自分の中だけで完結していますが、もっと広い範囲に響いていけるように持っていきたいと思っています。それにはまだまだ地道な経験を重ねなければ。何事も、機が熟すまで焦ってはいかんのです。

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金魚・1勝1敗

今日は身体障害者さんとおしゃべりしてきました。はじめにHさんという女性、次にSさんという男性と、それぞれ約1時間ずつお話しました。

Hさんのお部屋に入ると、まず水槽が目に入りました。先月うかがったときに「次に来るときには金魚がいますよ」と言っていたのですが、今日行ってみるとホントにいました。3センチくらいの、ちいさい金魚が3匹、ふわふわと泳いでいました。金魚らしい赤い色のが1匹と、白っぽい変わった色のが2匹いました。毎朝エサをあげるそうで、朝になると水面に上がってきて3匹でソワソワしているそうです。金魚の話や趣味の話、芸能人の話などしていたら、あっという間に時間がきてしまいました。

Sさんとは前回のようにオセロをしました。今日は1勝1敗でした。通算で僕の2勝3敗1分です。Sさん、ほんとに強くって、勝負したあとは頭の使いすぎでクラクラします。勝ち越せるように頑張らねば。オセロって白・黒の2つしかない単純なものですが、単純すぎてかえって奥深いように思えます。Sさんとの1試合ごとに、毎回いろんなドラマが繰り広げられているんです。

みなさんとは月1回程度しかお会いできませんし、1時間という短い時間です。その限られた時間で一体どれほどの意義を持てているとも思いませんが、少しずつでもいいので積み重ねていきたいと思います。継続することと、いつも工夫をして留まらないこと、いつも何かを得ることを心がけたいです。

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交通の曖昧なところ

今日はお年寄りへの暮らしのニュースお届けの日でした。今日の話題は故郷に10億円を寄付した88歳の女性のこと、犬の白内障のこと、101歳で世界一周した教育学者の男性のこと、でした。10億円の話が一番盛り上がりましたね。

30分ほどニュースをお届けしたあと、お茶とお菓子をいただきながら雑談の輪に加わりました。10億円の話や犬の話の続きをしながら、あちこちに話が広がっていきます。そうしているうち、交通事故の話になりました。

高瀬町から詫間町へ抜ける道があります。高瀬郵便局の前の道で、高瀬-詫間の交通には大抵の人がこの道を使うかと思われます。その道での事故が多いんですって。今日の雑談の輪の中にいたおばあさんの身内の方も、その道で事故に遭われたそうですし、また別のおばあさんのお知り合いも事故に遭われたことがあるそうです。僕もそういう話を何件か聞いたことがありますし、ちょうど今日だって、郵便局の近くで事故があったようで、その横を車で通り抜けたところでした。

香川県は全国的に見ても交通マナーがとても悪いと言われています。僕は一度国交相のホームページで資料を見たことがあるんですが、「免許所持者○万人あたり」とか「車両一台あたり」とかの事故発生数は、過去何年も常に上位にいるという不名誉なデータが出ていました。大抵1位か2位であったように記憶しています。実際事故をよく見かけます。

運転していて、「危ない!」とヒヤリとするような状況に出会うということは少ないと思います。多いなと思うのは「自分本位だな」というものでしょうか。法律違反ではないけれど、マナー違反だろうというようなものですとか、ぜんぜん周りのことを気にしていないなというようなものですとか。事故に直結するような暴走ではないのですが、なにかのはずみで間違いが起こって、事故につながるんだと思います。

車間距離に法的な制限はありません。対面車線での右折のタイミングにも規定はありません。そのあたりはすごく曖昧なものですが、それでも快適な交通と不快な交通という差は生まれてくる部分だと思います。そういう曖昧なところでのボタンの掛け違いで、たくさん事故が起こっているんじゃないかなと思います。僕も気をつけよう。

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お金を集める

今日は身体障害者の方とお話してきました。先日も一度お話したことのあるNさんという男性で、午後から1時間、いろんなお話をしました。とっても物知りな方で、いろんなことを細かいところまで教えてくれます。今日はNさんの小さい頃の趣味は何だったかというようなところから、コイン収集についていろいろと教えてくれました。

日本では年ごとに新しいお金が発行されますが、発行される枚数は年によってかなり幅があるんだそうですね。その時その時の貨幣の流通の都合があるのでしょう。例えば昭和62年の100円玉は貴重で、収集家の間では千何百円かで取引されているのだとか。昭和64年は一週間しかなかったんですが、その64年よりも62年の方が発行枚数が少なかったんだそうです。

あと、500円玉って昭和57年にはじめて作られたんですってね。知りませんでした。僕は56年生まれなんですが、生まれた時にはまだ500円玉ってなかったのか。もっと前からあると思ってました。他にもどんな記念硬貨が値打ちが高いかだとか、お札や硬貨にまつわる話を聞かせてくれました。いろいろあるもんですね。

今のお札は福沢諭吉、樋口一葉、紫式部、野口英世ですが、その前は新渡戸稲造がいたり夏目漱石がいたりしました。その前になると伊藤博文や板垣退助なんかもいたわけです。中でも「お札」といえばやはり聖徳太子さんでしょう。過去、一万円以外にも何種類かのお札に印刷されています。

なんであんなに聖徳太子ばかり登場したんでしょう。そして、近近代の偉人が多い中、なぜ奈良時代の聖徳太子は選ばれたのでしょう。今の紫式部もそうですが。江戸期や室町期の人ってなぜいないんでしょうか。武家政権だからかなあ。大久保彦左衛門の壱万円札とか、楠正成の五千円札とか、使うのはなんだか怖いですね。織田信長の千円札とか。Nさんは、いろいろ考えさせてくれます。

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自己紹介とオセロ

身体障害者さんとのお話の日でした。今日は初めてお会いするNさんと、毎月お話しているSさんのお2人とのお話でした。どちらも男性です。一人ずつ、だいたい一時間ずつおしゃべりします。Nさんとは初対面だったので自己紹介も含めた世間話を、Sさんとは今日はオセロをしました。

Nさんはとってもお話好きな方で、はじめましてと挨拶するとスルスルと会話が進んでいきました。Nさんが買い置きしてある缶コーヒーを一本ご馳走になり、Nさんのお部屋でお話したり施設の庭に出てお話したりしました。次から次へと途切れることなくいろんなことを話してくれて、僕はほとんどうなづくだけでいいくらい、積極的にお話してくれました。日ごろ、まとまった時間誰かとおしゃべりするということがなかなかできないそうで、誰かに話したい何かがたくさん溜まっていたのだろうと思います。

施設の職員さんはものすごく忙しいので、長時間差し向かいで会話するというわけにいきませんし、利用者さん同士も、症状の程度や種類が違うために、上手く会話が成り立たないんだそうです。向かいに座って話を聞くだけでいいのだけれど、みんな事情があってそれができない。僕は何という取り得もありませんが、強いて何かできることがあるとすれば、向かいに座って話を聞くことができる、ということです。何もできない、ということが、かえって役に立つことがあるんですね。そういうところがボランティアのいいところだと思います。

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想像力をかきたてる

今日はニュースお届けボランティアの日でした。今日のトピックスは「お遍路支える動き広がる」「出会い通し夢かなえる」「災害時の食料品供給」の3つで、どれも四国新聞の記事から紹介しました。

約30分、ひとりでペラペラと話すわけですが、できるだけ聴いて下さるみなさんとの呼吸をはかりながら進めていくよう心がけています。今日はこんなことを話しますよ、と簡単に紹介したプリントを一枚渡しているだけで、僕は座って喋っていて、みなさんも座ってじっと聴いているだけになりますから、話が単調になると聴いている側も退屈になってきて、つまらなくなります。

そうならないように、たまに冗談を交えたり、もったいぶった上にもったいぶって、結論を出し惜しみして緊張してもらい、またそれをすーっとほぐしてみたり、一つの話題の中にも山や谷ができるようにしているつもりです。けれどそれがなかなか難しいもんですね。

もう言葉だけが道具ですから、いかにうまく想像してもらえるかが非常に大事だなと思います。例えば今日の「出会い通し夢かなえる」という話題は、ある61歳の男性が、学生のころあきらめた夢を60歳近くになってやっと叶えることができたという話です。実際にその方に直接お話を聞くわけでもなく、芝居をするわけでもなく、その方がどんな苦労をされたかとか、夢が叶ったときどんなに嬉しかっただろうとかいったストーリーを、言葉だけで伝えたいわけです。聴いてくださるみなさんに、その人の体験を頭の中に上手く思い描いてもらうことができれば楽しいでしょうし、イメージが全然思い浮かばないときは退屈になってしまうかもしれません。

新聞記事もとても読み甲斐があるものですが、話すとなるとただ新聞記事の文字を読み上げるだけでは味気ないものです。人の声で話し、伝えるのならば、目で読むのとは違う味わいを生み出せるはずです。またそうでなければ意味がありません。聴いていて想像力がかきたてられ、ドキドキワクワクしたり、あるいは感心したり感動するような、そんな話し方ができるようになりたいです。

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はじめからプロではない

身体障害者療養施設へ、利用者さんと1対1のお話ボランティアに行ってきました。今日で3回目で、初めてのときと同じ方がお相手でした。前回、時間がなくなってお話が途中になっていたことなど、いろいろと世間話をしました。たくさんお話して下さる方で、楽しい一時間が過ごせました。前に居た金魚が死んでしまったので、また新しく飼いたいな、と言っていました。次に来るときはもういますか?と尋ねると、いると思うよ、とのことでした。どんな金魚に会えるのか楽しみですね。

ほんの1時間程度のお話でしかありませんので、正直どこまでお役に立てているのかはわかりませんが、もう来なくて結構ですと言われるまで行かせていただきたいという気持ちです。体裁よく言えば、自分ができる範囲で少しでも誰かのお役に立てれば、ということでボランティア活動をさせていただいています。けどそういう外向きな働きかけよりも、ボランティアで充実しているのはむしろ自分だなと感じます。

そもそも福祉系の資格もないし、そう大したことはできません。ボランティアでプロ並のすごいことができるのなら、はじめからプロとしてお金をもらっています。だから大したことはできません。「ボランティア活動をしています」と言うと、すごいねとか偉いねと言われることがありますが、とんでもありません。ちょっとしたお手伝い程度のことしかできないし、そのささやかさに比べて自分は大変な経験を積ませてもらっています。これはほんとうにありがたいことです。感謝するのはこちらのほうです。

これからも出来る限り続けさせていただきたいなと思うのですが、ボランティアとしての活動の仕方にも徐々に幅を持たせられるようにしていきたいと思います。ささやかなお手伝いしかできないことには変わりありませんが、もっと効果的にお役に立てる方法がまだまだあると思うんです。ボランティアはボランティアならではの立場で、行政とも企業とも違った柔軟性を持てるはずです。その自由さ、柔軟性を活かして、行政と民間人、企業と民間人の間で上手く活動できれば、いろんなものごとが滑らかに動くことができるんじゃないかなと思います。見えない潤滑油みたいなイメージでしょうかね。

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ニュースお届けボランティア

昨日は高瀬町の生きがい対応サービスセンターへ「暮らしのニュースお届け」のボランティアに行ってきました。昨日で4回目になります。昨日の題材は「四国新聞『あの人、この人』より」「高松産ごじまん品の黒大豆焼酎」「血圧を下げピチピチ血管に」の3つでした。

回数を踏むにつれて、だんだんお話のペースをつかめるようになっています。また聞いて下さるみなさんも、いろいろな表情を見せてくれるようになりました。はじめのころはいささかお互いに緊張していましたが、こちらがクスグリを入れると反応して笑ってくれるし、聞き所では一生懸命耳を傾けてくれているのがわかります。笑い顔を見せてくれたり、うなづいてくれているのがわかると、話をしているこちらも安心して、話しやすくなります。

先日からぼんやりとした手ごたえのようなものがあったのですが、やっぱり特に興味のあることは健康についての話題のようで、みなさん血管の話は真剣に聞いておられました。これからも一回にひとつずつくらいは健康の話題を入れれば楽しいのかなと思いました。終わってからもたくさん質問を受けましたが、僕はお医者さんではありませんし、新聞記事に書いてあること以上のことはわかりません。しかしニュースをお伝えしているうちに、僕は何でも知ってる物知り先生みたいに思われるようになっている気もします。雑学程度にでも、健康についての知識を入れておいたほうがいいかもしれません。

30分ほどニュースをお届けして、おやつを一緒にいただきました。いろいろ話していると、近い身内同士が友達だったりと、世間の狭いことに驚かされます。ほんと、おちおち悪いことできませんねー。

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対話ボランティア

介護福祉施設へ身障者さんとのお話ボランティアに行ってきました。1対1でお話をするのは先週に続いて2度目で、これから月に2、3人の利用者さんとお話することになりそうです。約1時間ほど、ゆっくりと対話をします。

今日は以前にも詩集をプレゼントしてくれたりして何度かお話もしたことのあった男性との対話でした。以前、趣味などについていろいろと話してくれていたので、今日は趣味についてもう少し詳しく教えてもらうことができました。また、好きな食べ物とか、小さい頃の思い出話とか、好きな映画俳優についてなど、多種多様な話題であっという間の1時間でした。

利用者さんがゆっくり話しをしたいと思っても、職員さんたちも1人1人各自にまとまった時間を取ることはなかなか難しいでしょうし、利用者さん同士でも、毎日いつも同じ顔ぶれだとなんとなく話しにくいこともあるようです。そういった部分を、僕が外部のボランティアとして補えればいいなと思います。遠慮なく、どんどん積極的に語りかけてもらえるように、話をしやすい雰囲気を感じてもられるようになりたいです。

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介護福祉施設へボランティアに行ってきました。今日から利用者さんと1対1でのお話ボランティアになります。

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お話ボランティア

生きがい対応デイサービスでのお話ボランティアに行ってきました。今日の「暮らしのニュース」の話題は「たからだの米、新米まつり」「ソフトクリーム、どう売る?」「地震速報始まります」の3つでした。それぞれ四国新聞や朝日新聞からの話題です。

お話ボランティアも今日で3回目になりますが、徐々にどういう感じで進めていけばいいかが掴めてきたような気がします。耳の少し遠くなったお年寄りも混じっていますので、どのくらいの声の大きさがいいか、どのくらいのスピードでお話すればいいかということも、なんとなくわかってきました。また、ただ記事を読むのではなく、たまに横道にそれたり、こちらから利用者さんに質問してみたり、コミュニケーションをとりながら進めていけば、退屈もあまり感じさせずにできます。

こちらが慣れてきたのと同じように、利用者さんの側も慣れてくれているのか、聞きながらの表情やうなづきも変わってきていますし、こちらに声をかけてくれるようにもなってきました。「新米まつり、たまたま行ってきたよ」とか「ソフトクリームは右巻きですか、左巻きですか」などと冗談も飛び出します。ざっくばらんな雰囲気ができあがりつつあり、とても嬉しく思います。

まだ始めたばかりで、上手くお話できているのかわかりませんが、月3回のお話ボランティアを利用者さんに楽しみにしてもらえるよう、がんばりたいなと思います。

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生の戦争

高瀬町「生きがい対応デイサービス」に、「暮らしのニュース」をお伝えしに行ってきました。つい一昨日も行ったところなのですが、都合によりたまたま間隔が狭くなりました。一昨日お話したところだったので、その流れが残っていて緊張もなく、まずまずスムーズにお話できたかなと思います。時間配分もなんとなく掴めてきました。

今日の話題は「世界の高齢者 サンマリノのフェリーチさん98歳 長寿の秘密は朝一杯のカフェラテ」「手作り茶屋 三木町・さんさい茶屋 地域を元気にすることが生きがい」「丸亀うちわ世界へ 地球温暖化にうちわを イタリアで国際交流」の3つ(いずれも新聞記事より)でした。

前回と同じく30分「暮らしのニュース」をお届けした後、利用者のみなさんの雑談の輪に加わりました。昔話から戦時中の話に移り、いろいろと生の体験をお聴きすることができました。

高松空襲の話はよく耳にしますが、三豊地区にも空襲があり、高瀬駅付近にも爆弾が投下されたこと。出兵する若者達の見送りは、開戦当時は華やかに行われていたけれども、終戦に近づくにつれて次第に大人しく静かになったということ。朝鮮で生まれ二十歳ごろに終戦を迎え、船に乗って引き上げてきたおばあちゃん。また何名かの方は、満州から引き上げてきたという話。観音寺にもひとつ飛行場があったということ。ご兄弟を戦争で亡くされた方。

ご本人たちにとって嫌な思い出も多いであろうかと思われましたが、貴重なお話をたくさん聞かせて下さいました。戦争を知っている世代の人がだんだんと減っていき、日本に戦争のあった時代がどんどん昔になっていきます。僕の中でも、自分でも知らないうちに昔話になりかけていたようです。しかし今日お話が、これは僕達に身近につながりのある人たちが体験した、実際にあったことなのだと思い起こさせてくれました。

未だにテレビで戦時中のことが流れたり、学校の授業で教えられたりもしますが、戦争はそういった広い視野、一般論で語られるものだけではなく、すぐ身近にいる人ひとりひとりの生活の中にあったものであり、僕達が今いるそれぞれの場所で起こったことなのです。一般論ももちろんですが、テレビや教科書では伝えられない戦争、リアリティーのある物語も、次の世代にも語り継いでいくために、自分達も何かできることがあるはずです。

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生きがい対応デイサービスでお話

三豊市社会福祉協議会高瀬支所が開催する「生きがい対応デイサービス」に、今月からボランティアとしてお手伝いさせていただくことになり、今日初めてお邪魔してきました。生きがい対応デイサービスには、60歳以上のひとり暮らしの方、または自立して生活のできる健康状態のお年寄りが参加されています。

僕は月に3回、お昼からの1時間をいただくことになりました。1時間の前半は、地域のニュースや健康情報など、「こんなことがありましたよ」という新聞や雑誌からの話題を簡単にお知らせします。後半は利用者さんの中に混じって雑談をします。

今日は始めてということで、僕も聞いてくれる利用者の方々も手探りといった感じでした。今日は30人ほど来られていました。時間配分の感覚もわからず、話をしてみると意外に時間の経過が早く感じました。ここ最近の新聞などから、今日お話する内容をトピックスにして7つ用意していたのですが、30分を使い切るには3つの話題で十分でした。ただ記事を読むだけでなく、利用者さんに問いかけたり個人的な挿話を入れていたりすると、予想していた時間配分と全く違うペースで進みました。しかし話し手と聞き手との呼吸を取りながら進行するほうがお互いに楽しいので、今日のような形式でやっていけばいいかなと思いました。

ちなみに今日の話題は「祖谷のかずら橋ピンチ」「八十場のところてん」「104歳のヨーガ」の3つでした。みなさんとても熱心に聴いて下さり、とてもお話しやすくありがたかったです。

ニュース紹介が終わり、ひとりのおばあさんが話しかけてくれました。なんでも93歳で、今でも畑に出て野菜を育てているそうです。少し耳が遠いと言っていましたが、ハッキリとお話もできるし、手押し車で自宅から歩いて来ているということで、とてもしっかりしたおばあさんでした。旦那さんが亡くなって、54年になるそうで、それからお子さん3人を女手ひとつで育て上げ、みなさん立派になられて、今ではおばあさんには8人の曾孫さんがいらっしゃるそうです。

畑仕事から道路工事の手伝いまで、生きるためにはどんなことでもやってきた、とおばあさんは話してくれました。「借り物の体やから」と、しきりにおっしゃっていました。「神さんからお借りしてる体やから、生きてるだけでもありがたい。喜ばないかんです」と教えてくれました。93歳の女性、とだけ言えば、社会から見れば本当に弱く小さな存在です。しかしその小さな体から発せられる言葉ひとつひとつに、一人の人間の長い人生そのものが乗せられているような気がして、非常に重く感じられるのでした。

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俳句集、詩集

介護福祉施設のお手伝いに行ってきました。先日、今日と、ある男性利用者さんとお話をしました。先日はオセロを挟んで室内で、今日はお天気もよかったので外に出て、車椅子を押しながらいろいろお話をしました。

その男性は詩や俳句を作るのが好きで、男性が作って溜めていたものを職員さんが編集された詩集と俳句集を先日いただきました。その日その時見たものや感じたことを、短い言葉にしてたくさん集めたものでした。俳句や詩集の中には、センスの光ったものや、感情をとても上手く表現できているものがいくつもありました。楽しいものもあれば悲しいものもあり、簡単でリズミカルなものもあれば深く考えさせられるものもありました。

男性はその生活のほとんどを施設の中だけで過ごしています。ですから常に孤独感にさいなまれているんだと話してくれました。僕はうわべの言葉で簡単に慰めることはできませんでした。しかし、俳句や詩を読ませてもらって、ひとつひとつに感じる何かがあって、それが僕の一部を形づくっていることは確かですとお話しました。だから、俳句や詩や、今こうしてお話することによって、僕が楽しい気持ちになったり何かを考えさせられたりし、その上で僕が違う誰かに接したとき、その誰かに直接的に接するのは僕かもしれないけれど、間接的には男性も関わっているのだということをお話しました。これからも俳句集や詩集ができたら読ませて欲しい、楽しみにしていますと伝えました。

僕が誰かを楽しい気持ちにさせることができるとしたら、うれしい気分にさせられるとしたら、それは決して僕一人の力ではありません。いろんな人の関わりがあって、僕が形成されています。そしてまた僕も、誰かを形成する一部になっています。そうやって人間関係は絡み合い、無限に広がっています。悪い影響ではなく、いい影響を広げていける人になりたいです。

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お手伝い

今日は朝から高瀬町の介護福祉施設へお手伝いをしに行ってきました。4月から始めて、今日で3回目です。月に2,3回行ければなあと思っています。今日は先月も参加したパッチワーク教室のお手伝いで、9時半くらいから11時くらいまででした。僕は家庭科の授業以来、裁縫道具に触れたこともなく、パッチワークなんて全然できませんが、出来る範囲でお手伝いさせていただきました。

もちろん教室の先生はちゃんといらっしゃって、普段は先生おひとりでも指導されているので、僕のお手伝いといってもほんの些細な作業です。利用者さんの針に糸を通してあげるとか、手の不自由な人の道具を支えていてあげるとかいったことです。ずっと何か作業にかかりきりというわけではないので、手の空いているときはくるくる歩いて、利用者さんと世間話をしたりしていました。

ハッキリ言ってあんまり役に立っていないんじゃないかなあと思っていたのですが、利用者さんにすれば、僕がボランティアとしてたまに現われてウロウロしているだけでも、いつもと違う雰囲気で新鮮だということです。それを聞いて、何もパッチワークのお役に立てずに申し訳なく思っていた気持ちが晴れました。僕は月に何度かしか触れ合う機会がありませんが、徐々に打ち解けていけたらいいなと思います。

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まず行動してみる

最近は思いついたことをできるだけ行動に移そうと心がけています。やってみようと思い立ったら、上手くいく自信がいまひとつなくても、明らかに間違った行動や人に迷惑をかけることでなければ、実行するようにしています。

今日もボランティアに行ってきました。少しの時間ですが、介護福祉施設のお手伝いをしてきました。今日でまだ2回目で手馴れていませんし、元々何の技術も知識もないのであまり大したお手伝いにはなっていないかと思われます。しかし、自分としてはいい経験をさせていただいているなとありがたく思います。大したことができないということは、ある程度自分でも始めからわかっていましたが、それでも実行してみると得るものがたくさんあります。少々自信がないからと躊躇したままだったなら、何も経験することがないわけで、得ることもできないわけです。そして、少しずつでも施設の利用者さんの役に立てられるように、という意欲も得ることはできません。これは大きな差です。

行動すると変化が起きます。何かが変わります。それは大きな変化かもしれないし、小さな変化かもしれません。自分が変わることもあるでしょうし、周囲を変えることもあるでしょうし、両方の場合もあるでしょう。行動に移さなければ何も変わりません。何かが変わったとしても自分で変えたことにはなりません。

変わることの先に、出会いがあります。人との出会いもそうでしょうし、初めての場所や物との出会いというケースもあるでしょう。そして新しい自分との出会いということもあります。何らかの変化によって「こういう考え方もできるな」「次はこうすればいいんじゃないか」などと、ヒラメキにつながるということです。新しい視野が広がると言ってもいいでしょう。自分で行動し、自分で自分や周囲を変えて、自分で出会った人や物事や視野は、他力本願や偶然によってもたらされたものに比べ、より大きくて強い財産になるでしょう。

そしてこの3つはくるくる回っているように思います。行動を起こす、すると変化が生まれる、すると何かに出会う。そして出会いが新しい行動につながる、また変わる、出会う。行動、変化、出会い、を繰り返し、いろんな財産を自分の中に取り入れていければいいのではないかと思います。

と、わかったようなことを書きましたが、まだ何をやり遂げたというものではありません。そういったことを意識していこうと心がけているに過ぎません。まず行動することですね。行動は自分の意志がないとできません。いい変化やいい出会いがあっても、次に行動の番が来たときに自分の意志がないと、そこでストップしてしまいます。あまり臆病にならずに、いろんなことに挑戦してみたいです。

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パッチワーク

昨日は管理画面のメンテナンスのため更新できませんでした。

さて、今日ははじめてボランティアに行ってきました。先日も少し書いた、高瀬町の介護福祉施設です。身体にいろいろな不自由を抱える人たちが施設を利用されていて、希望者を対象にしたクラブや同好会、教室などが開かれています。ボランティアとしては、そういったプログラムの中で、講師の先生や利用者さんに対して簡単なお手伝いをします。今日開かれていたのはパッチワーク教室でした。僕は手芸なんてできないし興味があるわけではないけれど、かといって抵抗があるということもないし、また次の機会となるといつ時間の都合がつくかもわからないということもあって、とにかく飛び込んでみようと思って参加させていただきました。

10人くらいの利用者さんがいて、それぞれ違った作品を作っていらっしゃいました。壁掛けだったり、コースターだったりカバンだったりといろいろでした。男性の先生がせっせと立ち回り、指導されていました。僕は主に手の不自由な女性のお手伝いをしました。なんていう作業なのか呼び名はわかりませんが、布用の絵の具で布に模様をつけます。女性は両手で筆を握れないので、足の指で挟んで作業をします。僕は絵の具をつけて、彼女の足へ運んであげたり、布の位置を動かしたりするお手伝いをしました。彼女は足の指で器用に筆を挟んで、型紙の上から絵の具で布に色をつけ、どんどん花を描いていきました。時間までにちょうどできあがりました。

教室が終わったあとで講師の先生は、作品ができあがって、作ったひとたちが喜んでいるのを見ると嬉しいと話してくれました。そしてそれ以前に、前向きに一生懸命ものづくりに打ち込んでいる姿を見るのが何よりだともおっしゃっていました。ボランティアで長年指導を続けられている先生に比べると、はじめての僕なんて全く何もわかっていないに等しいのですが、今日ひとつの作品づくりをお手伝いさせていただいた中でも、がんばって作品を作るんだという気持ちがはっきりと伝わってきましたし、最後の一箇所の色塗りが終わって作品を広げて見たとき、また広げた作品を見ている女性の表情から、達成感のようなものを見て取れたときに、やはり嬉しい気持ちになりました。たいしたお手伝いはできなかったかもしれませんが、良い時間を過ごさせていただきました。

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ボランティア

以前から何かボランティアをしたいなと思って探していたものの、なかなか見つからなかったのですが、先日三豊市の職員さんに高瀬町の福祉施設を紹介していただきました。電話で問い合わせてみたところ、常時ボランティアを募集しているとのことだったので、今日お話を聞きに施設を訪ねてきました。

静かな場所に建つ、大きくてきれいな、立派な施設でした。職員の方も、具体的にどんなボランティアができるのか丁寧に説明して下さり、また日時などの条件についてもご親切に相談に乗って下さいました。お話を一通りうかがって、4月から始めてみることにしました。

施設は身体にいろいろな障害を持った方たちが利用されています。視覚や聴覚の不自由な方、脊椎に損傷があって、身体を動かすことが困難な方などです。利用者を対象にパソコン講座、書道教室、カラオケ同好会などが開かれ、ボランティアとしてそういった活動のお手伝いをします。僕はこれといって特技も資格もありませんが、少しでも利用者の方たちのお役に立てるようにできるかぎりのお手伝いをさせていただいて、またコミュニケーションも取りながら、自分も何か学んでいければいいなと思っています。

「福祉の時代」と言われて久しく、次々に福祉施設が開設され、施設の利用者、職員の雇用も増えています。だれもが住みやすい世の中であるよう、体の不自由な方たちもそうでない人たちもお互い助け合い理解しあって、快適な社会を作り上げていこう、というのが「福祉の時代」を生きる人々のあり方だと思います。僕も今そういう時代の中に生きているということをそれとなく自覚していたつもりでしたが、今日はじめて施設にお邪魔し、中を見学させていただくと、自分はただなんとなく世の中の流れを傍らから眺めているだけで、福祉についてほとんど無知であるということに気がつきました。

親が亡くなった後どうやって暮らしていくかというような不安、労働意欲はあっても思うような仕事に就けない、家の中にいる時間が多く、気持ち的にも内にこもりがちになる、など、体の不自由な方々やそのご家族が抱える悩みというのはたくさんあります。ボランティア活動を通じて、そいうった現実を知り、考えていきたいと思います。

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